・・・そこで、小説では場面場面の描写を簡略にし、年代記風のものを書きたいと思い、既に二作目の「雨」でそれをやった。してみれば、私の小説は、すくなくともスタイルは、戯曲勉強から逆説的に生れたものであると言えるだろう。私の小説の話術は、戯曲の科白のや・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・「追而葬式の儀はいっさい簡略いたし――と葉書で通知もしてあるんだから、いっそ何もかも略式ということにしてふだんのままでやっちまおうじゃないか。せっかく大事なお経にでもかかろうというような場合に、集った人に滑稽な感じを与えても困るからね」・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・最も簡略のおかずのつもりで海苔を所望したのだが、しくじった。「無いのよ。」家の者は、間の悪そうな顔をしている。「このごろ海苔は、どこの店にも無いのです。へんですねえ。私は買物は、下手なほうではなかったのですけど、このごろは、肉もおさかな・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ただ記述があまりに簡略に過ぎてわかりにくい点が多いことと思われるが、そういう点についてはどうか聡明なる読者の推読をわずらわしたい。 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・経験の歴史を簡略にするものである。与えられたる事実の輪廓である。型である。この型を以て未来に臨むのは、天の展開する未来の内容を、人の頭で拵えた器に盛終せようと、あらかじめ待ち設けると一般である。器械的な自然界の現象のうち、尤も単調な重複を厭・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・正式にいうと、あらかじめ重吉に通知をしたうえ、なおH着の時間を電報で言ってやるべきであるが、なるべくお互いの面倒を省いて簡略に事を済ますのが当世だと思って、わざと前触れなしに重吉を襲ったのであるが、いよいよ来てみると、自分のやり口はただの不・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・要するに複雑な内容を纏め得る程度以上に纏めた簡略な形式にして見せろと逼られるのだから困ります。もっとも近来は小学校などでも生徒に問題を出して日本の現代の人物中で誰が一番偉いかなどと聞く先生がある。この間私が或る地方へ行ったらある新聞でそうい・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ところが私はこれからこの二つの言葉の意味性質を極めて簡略に述べて、そうしてそれを前申上げた昔と今の道徳に結びつけて両方を綜合して御覧に入れようと思うのです。つまり浪漫主義も自然主義も文芸家専有の言語ではないという意味が分ればその結果自然の勢・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・それに似寄った事をせんだってごく簡略に『秀才文壇』の人に話してしまった。あいにくこの方面も種切れです。が、まあせっかくだから――いつおいでになっても、私の談話が御役に立った試がないようだから――つまらん事でも責任逃れに話しましょう。 私・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・格別面白いお話ではございませんから、なるたけ簡略に致します。ジネストは情なしの利己主義者でございます。けちな圧制家でございます。わたくしは万事につけて、一足一足と譲歩して参りました。わたくしには自己の意志と云うものがございません。わたくしは・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫