・・・ ところが丁度その時分の同級生に、米山保三郎という友人が居た。それこそ真性変物で、常に宇宙がどうの、人生がどうのと、大きなことばかり言って居る。ある日此男が訪ねて来て、例の如く色々哲学者の名前を聞かされた揚句の果に君は何になると尋ねるか・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・丁度それは高等学校時分の事で、親友に米山保三郎という人があって、この人は夭折しましたが、この人が私に説諭しました。セント・ポールズのような家は我国にははやらない。下らない家を建てるより文学者になれといいました。当人が文学者になれといったのは・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・ 当時の哲学科の学生には、私共の上のクラスには、両松本や米山保三郎などいう秀才がおり、二年後のクラスには桑木巌翼君をはじめ姉崎、高山などいわゆる二十九年の天才組がいた。有名な夏目漱石君は一年上の英文学にいたが、フローレンツの時間で一緒に・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・日はまだ米山の背後に隠れていて、紺青のような海の上には薄い靄がかかっている。 一群れの客を舟に載せて纜を解いている船頭がある。船頭は山岡大夫で、客はゆうべ大夫の家に泊った主従四人の旅人である。 応化橋の下で山岡大夫に出逢った母親と子・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫