・・・切めて山本伯の九牛一毛なりとも功名心があり、粘着力があり、利慾心があり、かつその上に今少し鉄面皮であったなら、恐らく二葉亭は二葉亭四迷だけで一生を終らなかったであろう。 が、方頷粗髯の山本権兵衛然たる魁偉の状貌は文人を青瓢箪の生白けた柔・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・髭の男に扮している立派な役者は、わかいお弟子の差し出す鏡に向い、その髭の先にめしつぶをくっつけようとあせるのだが、めしつぶは冷え切っていて粘着力を失っているので、なかなか附かない。みんな、困った。はりきりの監督助手は、そのときすすみ出て、・・・ 太宰治 「花燭」
・・・阿蘭が農奴として育ち農婦として大地を愛して生きる強さ、農民的な粘着力、粗野な逞しい、謂わば必死な生活力をライナーの阿蘭は全面的に活かし得ているかどうかということについても、性格というものの解釈に附随するこの映画製作者関係者一同の或る心持が反・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・は日々の生活の感情がにじみだしている粘着力のつよさが作品の上に感じられます。 けれども、五十九人の作者、約七百余首の作品が収録されているというこの『集団行進』の中に婦人の作家はたった二人であること。これは、私達によろこびより寧ろ深刻な警・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・作者藤村氏が、抒情的な粘着力をもって縷々切々と、この主人公とそれをめぐる一団の人々の情感を語りつつ、時代の力、実利と人間理想とが歴史の波間でいかに猛烈にかみ合い、理想の敗北が箇人的生涯の悲惨として現れるかということを一般人生の姿として冷たく・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・を書き終ったところであったジイドは、この宗教的格闘では目覚ましい粘着力を示した。坊主とクロオデルとが彼を妥協へ脅迫する原因となっている自身の性的経験を自ら公然と語ることによって、彼等を沈黙させた。「コリドン」と「一粒の麦若し死なずば」とは、・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 嘉村礒多氏は、近頃文章だけについて云ってさえ粗末極まるものが多い稀薄なブルジョア作品の中にあって一種独特なねつさ、粘着力を示して「父の家」を書いている。没落する地方の中地主の家庭内のいきさつを「衆苦充満」とこまかく跡づけ描きつつ、・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・思想的潮流のあらゆる時代を潜って、文学はこの点執拗な粘着力で、人間が生きている人間の姿を書くことを求めつづけて来ているのである。 昔の外国のロマンチシズムの時代を顧みるとなかなか興味のあることは、抽象名詞が雄飛した割合に、作品で後にのこ・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
・・・をあらしめており、それは都会的なものとは異った粘着力、土の強情さ、外見従順でインギンな執拗さであると思います。藤村においてはこの点がひどく複雑である。 例えば「新片町より」の文章をよんで、誰があれを江戸っ子の浅草住居と言うでしょう。農民・・・ 宮本百合子 「「夜明け前」についての私信」
・・・ 磨かれた大理石の三面鏡に包まれた光の中で、ナポレオンとルイザとは明暗を閃めかせつつ、分裂し粘着した。争う色彩の尖影が、屈折しながら鏡面で衝撃した。「陛下、お気が狂わせられたのでございます。陛下、お放しなされませ」 しかし、ナポ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫