・・・……渾名で分かりますくらいおそろしく権柄な、家の系図を鼻に掛けて、俺が家はむかし代官だぞよ、と二言めには、たつみ上がりになりますので。その了簡でございますから、中年から後家になりながら、手一つで、まず……伜どのを立派に育てて、これを東京で学・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 慰謝金を少くも千円と見こんで、これでんねんと差し出した品を見ると、系図一巻と太刀一振であった。ある戦国時代の城主の血をかすかに引いている金助の立派な家柄がそれでわかるのだったが、はじめて見る品であった。金助からさような家柄についてつい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ケイズと申しますと、私が江戸訛りを言うものとお思いになる方もありましょうが、今は皆様カイズカイズとおっしゃいますが、カイズは訛りで、ケイズが本当です。系図を言えば鯛の中、というので、系図鯛を略してケイズという黒い鯛で、あの恵比寿様が抱いてい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ × 私の生れた家には、誇るべき系図も何も無い。どこからか流れて来て、この津軽の北端に土着した百姓が、私たちの祖先なのに違いない。 私は、無智の、食うや食わずの貧農の子孫である。私の家が多少でも青森県下に、名を知・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・と言いかけて、さすがに、てれくさそうに、ふふんと笑い、「婆の話だから、あてにはならんが、とにかくちゃんとした系図は在るのだ」 私はまじめに、「それでは、やはり、公卿の出かも知れない」と言って、彼の虚栄心を満足させてやった。「うん・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ 堅吉はすぐ甥にあててはがきを書いて、受取と礼の言葉を述べた末に、手跡の不思議と球根の系図に関する想像を書いてやった。 なんとか返事があるかと思って待っていたが十日たってもついに来なかった。考えてみると彼は別に返事を要求するようなふ・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ともかくも世界じゅうの化け物たちの系図調べをする事によって古代民族間の交渉を探知する一つの手掛かりとなりうる事はむしろ既知の事実である。そうして言論や文字や美術品を手掛かりとするこれと同様な研究よりもいっそう有力でありうる見込みがあ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・が私たちに与える教訓は決して感傷的な系図しらべにもないし、所謂浮世の転変への愁嘆にもない。妻としての良人への愛情。母としての愛情。又は所謂家庭を守る、ということの真の意義、真に聰明な洞察は果してどういうところにあるのであろうかということにつ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・引つづいて読者はひどく精密であるが全く無味乾燥なユロ男爵家の系図の中を引きまわされるのであるが、普通の読者は、その数千字を終り迄辛棒して結局は、最初の行にあった四字「ユロ男爵」だけを全体との進行の関係で記憶にとどめるような結果になる。 ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・藍子は「婦系図」の、やはり湯島天神境内の場面を思い出し、自分の書生っぽ姿を思い合わせ、ひとり笑いを浮べた。 格子をあけると、十八九の束髪に結った女が出て来た。「こちらに大塚おいねさんて方おいでですか」 女は怪訝そうに藍子の女学生・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫