・・・芸術的雰囲気などといういい加減なものに目を細めているから、ろくな映画が出来ない。かつて私は次のような文章を発表した事がある。「誰しもはじめは、お手本に拠って習練を積むのですが、一個の創作家たるものが、いつまでもお手本の匂いから脱する事が出来・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・ 少年は上半身を起し、まつげの長い、うるんだ眼を、ずるそうに細めて私を見上げ、「君は、ばかだね。僕がここに寝ているのも知らずに、顔色かえて駈けて行きやがる。見たまえ。僕のおなかの、ここんとこに君の下駄の跡が、くっきり附いてるじゃない・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 雪は、酔っぱらったらしく、とろんとした眼をうっとり細めた。それから、この温泉地に最近来たことのある二三の作家の名前を言った。ああ、そのなかに私の名前もあるではないか。私は、私の耳をうたがった。酔がいちじに醒める気がした。ほんものがこの・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・さらさらひらひら、と低く呟いてその形容を味わい楽しむみたいに眼を細めていらっしゃる、かと思うと急に、いや、まだ足りない、ああ、雪は鵝毛に似て飛んで散乱す、か。古い文章は、やっぱり確実だなあ、鵝毛とは、うまく言ったものですねえ、和子さん、おわ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・助七は、眼を細めて、「初日の評判、あなた新聞で読まなかったんですか? センセーション。大センセーション。天才女優の出現。ああ、笑っちゃいけません。ほんとうなんですよ。おれのとこでは、梶原剛氏に劇評たのんだのだが、どうです、あのおじいさん涙を・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・たとえばアンナが窓から町をへだてた向こう側のジャンの窓をながめている。細めにあいた戸のすきから女の手が出る。アンナがそれに注目する。窓が明いてコンシェルジの伯母さんが現われる。アンナが「そうか」といったような顔をする。文字で書けばたったこれ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
「珍らしいね、久しく来なかったじゃないか」と津田君が出過ぎた洋灯の穂を細めながら尋ねた。 津田君がこう云った時、余ははち切れて膝頭の出そうなズボンの上で、相馬焼の茶碗の糸底を三本指でぐるぐる廻しながら考えた。なるほど珍ら・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ ランプがいつか心をすっかり細められて障子には月の光が斜めに青じろく射している。盆の十六日の次の夜なので剣舞の太鼓でも叩いたじいさんらなのかそれともさっきのこのうちの主人なのかどっちともわからなかった。(踊りはねるも三十がしまいって・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・象はいかにもうるさいらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。 オツベルはやっと覚悟をきめて、稲扱器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、鶯みたいないい声で、こんな文句を・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・広い額が内面の充実した重さでいくらか傾き、濃い眉毛のしたの大きい強い眼はいくらか細めてレンズに向けられている。彼の右肩に一つの手が軽くのせられている。それはイエニーのすらりとした手である。のどのつまった、袖口の広い服を裾長に、イエニーはカー・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
出典:青空文庫