文政四年の師走である。加賀の宰相治修の家来に知行六百石の馬廻り役を勤める細井三右衛門と云う侍は相役衣笠太兵衛の次男数馬と云う若者を打ち果した。それも果し合いをしたのではない。ある夜の戌の上刻頃、数馬は南の馬場の下に、謡の会・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・故細井和喜蔵氏によって著わされた「女工哀史」はそういう特性をもった日本の若い無抵抗な労働婦人が、ある時代に経なければならなかった生活記録として、世界的な意味をもつ古典なのである。 今日の生産拡充の要求は、これまでならばオフィス・ガールに・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・また細井和喜蔵の「女工哀史」は日本の悲劇的記録である。第一次ヨーロッパ大戦後に出来た国際連盟の世界労働問題の専門部では、日本の労働者のおかれている条件は全く植民地労働の条件だと定義された。つまり世界労働賃金平均の半分から、三分の一の賃金で日・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・宮嶋資夫の「金」細井和喜蔵の「女工哀史」「奴隷」等は新たな文学の波がもたらした収穫であった。 この新興文学の社会的背景が、ヨーロッパ大戦後の日本の社会の現実的な生活感情と如何に血肉的に結ばれていたものであったかと云うことは、有島武郎の「・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ H町からまつに来て貰い、翌晩は、ひどく神経的になって、細井さんを呼ぶほどであった。 Aは、さぞ心配されただろう。 然し、其那に長くは悪くなかった。四五日で起きた。 或境遇に、人間が馴致されると云うことは、人々は理論として明・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・その点についての実際は例えば細井和喜蔵の「女工哀史」などはただ一巻の頁のうちに若く稚い魂と肉体の無限の呻吟をつたえている。そうだとすれば、何故、近代日本の文学の作品は異った形でいくつかの「車輪の下」や「プチ・ショウズ」を持たなかったのだろう・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫