・・・そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。――「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝貰っ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・三浦は子供のような喜ばしさで、彼の日常生活の細目を根気よく書いてよこしました。今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そこで、そっと床をぬけ出して、入口の戸を細目にあけながら、外の容子を覗いて見た。が、外はうすい月と浪の音ばかりで、男の姿はどこにもない。娘は暫くあたりを見廻していたが、突然つめたい春の夜風にでも吹かれたように、頬をおさえながら、立ちすくんで・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・小川の旦那もこう云いながら、細目にあいている障子の内を、及び腰にそっと覗きこんだ。二人とも、空想には白粉のにおいがうかんでいたのである。 部屋の中には、電燈が影も落さないばかりに、ぼんやりともっている。三尺の平床には、大徳寺物の軸がさび・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ しかし、細目に開けた、大革鞄の、それも、わずかに口許ばかりで、彼が取出したのは一冊赤表紙の旅行案内。五十三次、木曾街道に縁のない事はないが。 それを熟と、酒も飲まずに凝視めている。 私も弁当と酒を買った。 大な蝦蟆とでもあ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・「どこからか、細目に灯が透くのかしら?……その端の、ふわりと薄うすひらったい処へ、指が立って、白く刎ねて、動いたと思うと、すッと扉が閉った。招いたような形だが、串戯じゃあない、人が行ったので閉めたのさ。あとで思ってもまったく色が白かった・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・もちろん、ごく細目には引いたが。――実は、雪の池のここへ来て幾羽の鷺の、魚を狩る状を、さながら、炬燵で見るお伽話の絵のように思ったのである。すわと言えば、追い立つるとも、驚かすとも、その場合のこととして……第一、気もそぞろなことは、二度まで・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ と、厠の板戸を、内から細目に、小春の姿が消えそうに、「私、つい、つい、うっかりして、あのお恥かしくって泣くんですわ……ここには水がありません。」「そうか。」 と教授が我が手で、その戸を開けてやりつつ、「こっちへお出で、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・戸が細目にあいてるから、省作は御免下さいと言いながら内へはいった。表座敷の方では年寄りたちが三、四人高笑いに話してる。今省作がはいったのを知らない。省作は庭場の上がり口へ回ってみると煤けて赤くなった障子へ火影が映って油紙を透かしたように赤濁・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。 女は蝋燭を買いに来たのです。お婆さんは、少しでもお金が儲かるなら、決していやな顔付をしませんでした。 お婆さんは、蝋燭の箱・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
出典:青空文庫