・・・ その紺地に、清く、さらさらと装上った、一行金字、一行銀書の経である。 俗に銀線に触るるなどと言うのは、こうした心持かも知れない。尊い文字は、掌に一字ずつ幽に響いた。私は一拝した。「清衡朝臣の奉供、一切経のうちであります――時価・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ 長提灯の新しい影で、すっすと、真新しい足袋を照らして、紺地へ朱で、日の出を染めた、印半纏の揃衣を着たのが二十四五人、前途に松原があるように、背のその日の出を揃えて、線路際を静に練る…… 結構そうなお爺さんの黒紋着、意地の悪そうな婆・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そろそろ女の洋服がはやって来て、女学校通いの娘たちが靴だ帽子だと新規な風俗をめずらしがるころには、末子も紺地の上着に襟のところだけ紫の刺繍のしてある質素な服をつくった。その短い上着のまま、早い桃の実の色した素足を脛のあたりまであらわしながら・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・表紙は八雲氏が愛用していた蒲団地から取ったものだそうで、紺地に白く石燈籠と萩と飛雁の絵を飛白染めで散らした中に、大形の井の字がすりが白くきわ立って織り出されている。 これもいかにも八雲氏の熱愛した固有日本の夢を象徴するもののように見えて・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・頭を綺麗に剃り小紋の羽織に小紋の小袖の裾を端折り、紺地羽二重の股引、白足袋に雪駄をはき、襟の合せ目をゆるやかに、ふくらました懐から大きな紙入の端を見せた着物の着こなし、現代にはもう何処へ行っても容易には見られない風采である。歌舞伎芝居の楽屋・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫