・・・かつ在官者よりも自由であって、大抵操觚に長じていたから、矢野龍渓の『経国美談』、末広鉄腸の『雪中梅』、東海散士の『佳人之奇遇』を先駈として文芸の著述を競争し、一時は小説を著わさないものは文明政治家でないような観があった。一つは憲法発布が約束・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・明治初年の、佳人之奇遇、経国美談などを、古本屋から捜して来て、ひとりで、くすくす笑いながら読んでいる。黒岩涙香、森田思軒などの、飜訳物をも、好んで読む。どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・明治初年の、佳人之奇遇、経国美談などを、古本屋から捜して来て、ひとりで、くすくす笑いながら読んでいる。黒岩涙香、森田思軒などの飜訳をも、好んで読む。どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、と真・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・一方ではまた「経国美談」「佳人之奇遇」のごとき、当時では最も西洋臭くて清新と考えられたものを愛読し暗唱した。それ以前から先輩の読み物であった坪内氏の「当世書生気質」なども当時の田舎の中学生にはやはり一つの新しい夢を吹き込むものであった。宮崎・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・矢野竜渓の「経国美談」を読まない中学生は幅がきかなかった。「佳人の奇遇」の第一ページを暗唱しているものの中に自分もいたわけである。 宮崎湖処子の「帰省」が現われたとき当時の中学生は驚いた。尋常一様な現実の生活の描写が立派な文学でありうる・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・つまり「経国美談」や「雪中梅」の翻訳文学が一方にあり、福沢諭吉の新興ブルジョアジーの啓蒙者としての活動が重大な指針となった時代が去った後は、徳川末期の戯作者の気風、現実に対する無批判な妥協的態度が、西欧の文学的潮流の移植の側らにあって、常に・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ ここで、面白く思われるのは、自由民権が唱えられた時代からのより社会的性質のつよい文筆家たちは「経国美談」の作者の矢野龍溪にしろ中江兆民にしろ、主として新聞人として活躍していることである。作者紅葉とは編輯者対寄稿家という現代の関係が既に・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫