・・・ 自分は今天覧の場合の失敗を恐れて骨を削り腸を絞る思をしているのである。それに何と昔からさような場合に一度のあやまちも無かったとは。「ムーッ。」と若崎は深い深い考に落ちた。心は光りの飛ぶごとくにあらゆる道理の中を駈巡ったが、何を・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・日も暮るるに近き頃、辛くして頂に至りしが、雲霧大に起りて海の如くになり、鳥居にかかれる大なる額の三峰山という文字も朧気ならでは見えわかず、袖も袂も打湿りて絞るばかりになりたり。急ぎて先ず社務所に至り宿仮らん由を乞えば、袴つけたる男我らを誘い・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・のである、斯くて新陳代謝する、種保存の本能大に活動せるの時は、自己保存の本能は既に殆ど其職分を遂げて居る筈である、果実を結ばんが為めには花は喜んで散るのである、其児の生育の為めには母は楽しんで其心血を絞るのである、生少かくして自己の為めに死・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・死ぬが死ぬまで搾る太い奴等だと思ったんだ」「まあいいや。それは思い違いと言うもんだ」と、その男は風船玉の萎む時のように、張りを弛めた。「だが、何だってお前たちは、この女を素裸でこんな所に転がしとくんだい。それに又何だって見世物になん・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・が、油汗を搾るのは責めては自分の罪を軽め度いという考えからで、羊頭を掲げて狗肉を売る所なら、まア、豚の肉ぐらいにして、人間の口に入れられるものを作え度い、という極く小心な「正直」から刻苦するようになったんだ。翻訳になると、もう一倍輪をかけて・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ブルジョア・地主の工場のように、社長、重役とか主任とか監督とか、威張って搾るばかりが仕事の者は、ソヴェト同盟の工場のどこの隅をさがしてもいない。もう一つのコムソモール・ヤチェイカというのは、共産青年同盟細胞という意味である。 私は二つめ・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・日本語を強制された朝鮮人民の生活の中で、日本語が話せ、日本字のかける朝鮮人が、総督府の官吏になり、巡査になり、収税吏になって、今日になってみれば、同胞の自由を抑え搾る仕事に協力していた。しかし当時、朝鮮で権力をもっていた日本官吏や事業家は、・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・このポスターを見ただけでも、会社が搾るために労働者をシキに追い込む炭坑と、労働者が自分らのために働いている炭坑との根本的な相違が現れている。 同じような注意は地下数百米の坑内にも及んでいる。見張所は応急救援所をかねている。 二時間ば・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・ それから三年の間、膏汗を搾るようにして続けた禰宜様宮田の努力に対して、報われたものはただ徒に嵩んで行く借金ばかりであった。 今年こそはとたくさんの肥料を与えれば、期待した半分の収穫もなくて、町の肥料問屋へも、海老屋へも、どうしよう・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・上野行の急行に乗込む時は、人間が夢中になって振り搾る腕力がどんな働をあらわすか、ひとと自分とで経験する好機会であったと云うほかない。 列車は人と貨物を満載し、膏汗を滲ませるむし暑さに包まれながら、篠井位までは、急行らしい快速力で走った。・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫