・・・ 谷々は緑葉に包まれていた。二人は高い崖の下道に添うて、耕地のある岡の上へ出た。起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷底の方へ落ちている。崖の中腹には、小使の音吉が弟を連れて来て、道をつくるやら石塊を片附けるや・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・日を受けて光る冬の緑葉には言うに言われぬかがやきがあって、密集した葉と葉の間からは大きな蕾が顔を出して居た。何かの深い微笑のように咲くあの椿の花の中には霜の来る前に早や開落したのさえあった。「冬」は私に八つ手の樹を指して見せた。そこには・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・八月の日の光は窓の外に満ちて、家々の屋根と緑葉とに映り輝いて、この東京の都を壮んに燃えるように見せた。見るもの聞くものは烈しく原の心を刺激したのである。原は相川と一緒に電車を下りた時、馳せちがう人々の雑沓と、混乱れた物の響とで、すこし気が遠・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の株で組み立てられた竈の飯釜の下からは楽しげな炊煙がなびいている。小屋の中の片側には数日分の薪材に付近の灌木林から伐り集めた小枝大枝が小ぎ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ わたくしは友を顧みて、百花園を訪うのは花のない時節に若くはないと言うと、友は笑って、花のいまだ開かない時に看て、又花の既に散ってしまった後来り看るのは、杜樊川が緑葉成レ陰子満レ枝の歎きにも似ている。風流とはこんな事だろう。他の一友は更・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・重々しい、秒のすぐるのさえ感じられるような日盛りの熱と光との横溢の下で、樹々の緑葉の豊富な燦きかたと云ったら! どんな純粋な油絵具も、その緑玉色、金色は真似られない、実に燃ゆる自然だ。うっとり見ていると肉体がいつの間にか消え失せ、自分まで燃・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 広い間口から眺めると、羊歯科の緑葉と巧にとり合せた色さまざまの優しい花が、心を誘うように美しく見えた。花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・年によると、この相違が非常に強く現われ、早い樹はもう紅葉が済んで散りかけているのに、遅い樹はまだ半ば緑葉のままに残っている、というようなこともあった。そういう年は紅葉の色も何となく映えない。しかし気候の具合で、三年に一度ぐらいは、遅速があま・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫