・・・むかしはここで緑酒を汲んだ。菊の花を眺めた。それを今日の文芸にとりいれて、どうのこうのではなしに、古典は、古典として独自のたのしみがあり、そうして、それだけのものであろう。かぐや姫をレビュウにしたそうであるが、失敗したにちがいない。・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・美妓の巧笑に接して、だまっていた。緑酒を捧持されて、ぼんやりしていた。かのアルプス山頂、旗焼くけむりの陰なる大敗将の沈黙を思うよ。 一噛の歯には、一噛の歯を。一杯のミルクには、一杯のミルク。「なんじを訴うる者とともに途に在るうち・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・のろけをいうほどの色話はないが、緑酒紅燈天晴天下一の色男のような心持になったこともある。しかしそれは何だ。色気と野心、我輩を支配して居った所の色気と野心、それは何であるか。ちょっとすれちがいに通って女に顔を見られた時にさえ満面に紅を潮して一・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫