・・・しかも原稿の締切りはあしたの朝に迫っていた。自分は気乗のしないのを、無理にペンだけ動かしつづけた。けれども多加志の泣き声はとかく神経にさわり勝ちだった。のみならず多加志が泣きやんだと思うと、今度は二つ年上の比呂志も思い切り、大声に泣き出した・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・自分の部屋の西向きの窓は永い間締切りにしてあるのだが、前の下宿の裏側と三間とは隔っていない壁板に西日が射して、それが自分の部屋の東向きの窓障子の磨りガラスに明るく映って、やはり日増に和らいでくる気候を思わせるのだが、電線を鳴らし、窓障子をガ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・夜、部屋を閉め切り、こっそり、その地図を開いた。赤、緑、黄の美しい絵模様。私は、呼吸を止めてそれに見入った。隅田川。浅草。牛込。赤坂。ああなんでも在る。行こうと思えば、いつでも、すぐに行けるのだ。私は、奇蹟を見るような気さえした。 今で・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 公園の噴水の傍のベンチに於ける、人の眼恥じざる清潔の抱擁と、老教授R氏の閉め切りし閨の中と、その汚濁、果していずれぞや。「男の人が欲しい!」「女の友が欲しい!」君、恥じるがいい、ただちに、かの聯想のみ思い浮べる油肥りの生活を! 眼・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・―― この十五日が締切りで、私は「父の手帖」「写真に添えて」「家族抄」など四十枚ばかり書き、寿江は「父」三十枚ばかり、咲「お祖父様」を少々、国男も何か書きます。来年一月三十日は一年祭です。その折までに出来るのだそうです。これは御覧になれ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・夏なぞ、わざと障子を閉め切ります。暑くて辛らいのですけれど……。 原稿用紙は、本郷松屋の四百字詰青罫のを用いております。ペンはGペン、一日一本です。〔一九二七年十二月〕 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・ その話をきいた時はもう締切り間もなく、おいそれと云って、まとまった筋書が立たない。自分はもし時間があったら、ソヴェトの現代作家が作品の中に婦人をどうとり扱っているか、そしてそれは、例えばツルゲーニェフやチェホフ、トルストイでもよい、革・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
出典:青空文庫