・・・ 縞目は、よく分らぬ、矢絣ではあるまい、濃い藤色の腰に、赤い帯を胸高にした、とばかりで袖を覚えぬ、筒袖だったか、振袖だったか、ものに隠れたのであろう。 真昼の緋桃も、その娘の姿に露の濡色を見せて、髪にも、髻にも影さす中に、その瓜実顔・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ が、かく菌を嗜むせいだろうと人は言った、まだ杢若に不思議なのは、日南では、影形が薄ぼやけて、陰では、汚れたどろどろの衣の縞目も判明する。……委しく言えば、昼は影法師に肖ていて、夜は明かなのであった。 さて、店を並べた、山茱萸、山葡・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目の崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみしい財布がうこん色に、撥袋とも見えず挟って、腰帯ばかりが紅であった。「姉さんの言い値ほどは、お手間を上げます。あの松原は松露があると、宿で聞いて、……客はたて込む、女・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 洗面所の壁のその柱へ、袖の陰が薄りと、立縞の縞目が映ると、片頬で白くさし覗いて、「お手水……」 と、ものを忍んだように言った。優しい柔かな声が、思いなしか、ちらちらと雪の降りかかるようで、再び悚然として息を引く。……「どう・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・――日なたの匂いを立てながら縞目の古りた座布団は膨れはじめた。彼は眼を瞠った。どうしたのだ。まるで覚えがない。何という縞目だ。――そして何という旅情…… 以前住んだ町を歩いて見る日がとうとうやって来た。彼は道々、町の名前が変わっては・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・朝起きた時から、よごれの無い、縞目のあざやかな着物を着て、きっちり角帯をしめている。ちょっと近所の友人の家を訪れる時にも、かならず第一の正装をするのだ。ふところには、洗ったばかりのハンケチが、きちんと四つに畳まれてはいっている。 私は、・・・ 太宰治 「新郎」
・・・鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。 ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。 私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔・・・ 太宰治 「葉」
・・・鼠いろのこまかい縞目の袷に、黒無地のセルの羽織を着て立っていた。ドアを押して中へはいり、「部屋を貸して呉れないか。」「は、お泊りで?」「そうだ。」 浴室附のシングルベッドの部屋を二晩借りることにきめた。持ちものは、籐のステッ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような縞目が目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目が見える。この縞はたぶん紙を漉く時に繊維を沈着させる簾の痕跡であろうが、裏側の・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ それは色のくすんだ、縞目もわからないような地味なものであった。「こんな地味なもの著るの。僕なんかにいいもんだ」「私は人のように派手なこと嫌いや。それにたんともないさかえ、こんなものなら一枚看板でも目立たんで、いいと思って」・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫