・・・線の太い歴史物よりは『南柯夢』や『旬殿実々記』のような心中物に細かい繊巧な技術を示しておる。『八犬伝』でも浜路や雛衣の口説が称讃されてるのは強ち文章のためばかりではない。が、戦記となるとまるで成っていない。ヘタな修羅場読と同様ただ道具立を列・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・不細工な粗放な線が出ているかと思うとまた驚くべく繊巧な神経的な線が現われている。云わば一つの線の交響楽のようなものではあるまいか。快活、憂鬱、謹厳、戯謔さまざまの心持が簡単な線の配合によって一幅の絵の中に自由に現われていると思うのである。・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 当時わたくしは若い美貌の支那人が、辮髪の先に長い総のついた絹糸を編み込んで、歩くたびにその総の先が繻子の靴の真白な踵に触れて動くようにしているのを見て、いかにも優美繊巧なる風俗だと思った。はでな織模様のある緞子の長衣の上に、更にはでな・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・びによって、漫にわれわれの過ぎ去った学生時代を意味深く回想させ、ゴンクウル兄弟が En 18… の篇中に書いた月夜ムウドンの麗しい叙景は、蘆と水楊の多い綾瀬あたりの風景をよろこぶ自分に対して更に新しく繊巧なる芸術的感受性を洗練せしめた。ゾラ・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・蔓の末端は斜に空を向いて快げである。繊巧な模様のような葉のところどころに黄色な花が小さく開く。淡緑色の小さな玉が幾つか麦藁の上に軽く置かれた。太十は畑の隅に柱を立てて番小屋を造った。屋根は栗幹で葺いて周囲には蓆を吊った。いつしか高くなった蜀・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫