・・・酸漿屋の店から灯が点れて、絵草紙屋、小間物店の、夜の錦に、紅を織り込む賑となった。 が、引続いた火沙汰のために、何となく、心々のあわただしさ、見附の火の見櫓が遠霞で露店の灯の映るのも、花の使と視めあえず、遠火で焙らるる思いがしよう、九時・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・最も写実的なる作家西鶴でさえ、かれの物語のあとさきに、安易の人生観を織り込むことを忘れない。野間清治氏の文章も、この伝統を受けついで居るかのように見える。小説家では、里見とん氏。中里介山氏。ともに教訓的なる点に於いて、純日本作家と呼ぶべきで・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・してみると本当に読んでもらいたいと思うことはやはり何遍か同じことを繰返して色々の場所へ適当に織込むのが著者の立場からはむしろ当然かもしれない。前に読んだことのある読者はまたかと思うとしても一度読んだだけでは多分それっきり忘れてしまったであろ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
出典:青空文庫