・・・白い革紐は、腰を掛けている人をらくにして遣ろうとでもするように、巧に、造作もなく、罪人の手足に纏わる。暫くの間、獄丁の黒い上衣に覆われて、罪人の形が見えずにいる。一刹那の後に、獄丁が側へ退いたので、フレンチが罪人を見ると、その姿が丸で変って・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・しばらくはわが足に纏わる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、屹と立ち直りて、繊き手の動くと見れば、深き幕の波を描いて、眩ゆき光り矢の如く向い側なる室の中よりギニヴィアの頭に戴ける冠を照らす。輝けるは眉間に中る金剛石ぞ。「ランスロット」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 彼は足に纏わる絹の夜具を蹴りつけた。「余は、余は」 彼は張り切った綱が切れたように、突如として笑い出した。だが、忽ち彼の笑声が鎮まると、彼の腹は獣を入れた袋のように波打ち出した。彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫