・・・如来は摩迦陀国の王子であり、如来の弟子たちもたいていは身分の高い人々である。罪業の深い彼などは妄りに咫尺することを避けなければならぬ。しかし今は幸いにも無事に如来の目を晦ませ、――尼提ははっとして立ちどまった。如来はいつか彼の向うに威厳のあ・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・おそらくあの作の持っている罪業的な暗い感じに、彼はある親味と共鳴とを感じたのでもあろうが、それがひどく欠陥のある稚拙な彼の文章から、自分にそうした曖昧な印象を与えたものであろうと思われたが、それにしても「迂濶に物は書けない……」自分は一種の・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・それが罪業の深いわれわれ人間には妙にさびしいものに見えるのであった。それから一両日の間は時々子猫を捜すかと思われるような挙動を見せた事もあったが、それもただそれきりで、やがて私の家の猫にはのどかな平和の日が帰って来た。それと同時に、ほとんど・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ああ罪業のこのからだ、夜毎夜毎の夢とては、同じく夜叉の業をなす。宿業の恐ろしさ、ただただ呆るるばかりなのじゃ。」 風がザアッとやって来ました。木はみな波のようにゆすれ、坊さんの梟も、その中に漂う舟のようにうごきました。 そして東の山・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・原始キリスト教では、キリスト復活の第一の姿をマリアが見たとされて、愛の深さの基準で神への近さがいわれたのだが後年、暗黒時代の教会はやはり女を地獄と一緒に罪業の深いものとして、女に求める女らしさに生活の受動性が強調された。 十九世紀のヨー・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 恋愛に対し、婦人に対して、トルストイの抱いていた宗教的・道徳的見解を今日から見れば或る意味で主観的であり独断的である罪業感であったと云える。貴族の夫人、娘としての周囲の日暮しにも批判をもち、子供を生み、それを辛苦して育てることばかりが・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・というおそろしい言葉が犯して来た罪業の数々を、わたしたち文学者は忘れることが出来ない。必ず、それは悪用される。現在の日本の事情では、害あって益ない出版取しまりの法律などをつくることはしないという出版綱領委員会の決定になりました。この委員会の・・・ 宮本百合子 「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」
・・・万葉とは対蹠的な罪業や来世の観念に貫かれた王朝の精神というものを、万葉とともに、抽象的な情熱として愛するということは、殆ど理解しがたい迄に困難である。 このように相反する時代精神を享受する情熱が、何故に芭蕉の芸術的精神を肯けないのであろ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫