・・・いやしくも、それ等の芸術に依拠して、真の美感を与えよく芸術の使命を果すものありとすれば、それは、たしかに天才の仕事でなければならぬ。私達は、かゝる芸術の存在理由をも、効果をも疑うものでないが、芸術は、創造であり、個的でなければならぬところに・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・一室に孤座する時、都府の熱閙場裡にあるの日、われこの風光に負うところありたり、心屈し体倦むの時に当たりて、わが血わが心はこれらを懐うごとにいかに甘き美感を享けて躍りたるぞ、さらに負うところの大なる者は、われこの不可思議なる天地の秘義に悩まさ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・物理化学の諸般の方則はもちろん、生物現象中に発見される調和的普遍的の事実にも、単に理性の満足以外に吾人の美感を刺激する事は少なくない。ニュートンが一見捕捉しがたいような天体の運動も簡単な重力の方則によって整然たる系統の下に一括される事を知っ・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・芸術的洗練を経たる空想家の心にのみ味わるべき、言語にいい現し得ぬ複雑豊富なる美感の満足ではないか。しかもそれは軽く淡く快き半音下った mineur の調子のものである。珍々先生は芸者上りのお妾の夕化粧をば、つまり生きて物いう浮世絵と見て楽し・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・道徳もなければ美感もない。荘厳の理想などは固よりない。いかなる、うつくしいものを見ても、いかなる善に対しても、またいかなる崇高な場合に際してもいっこう感ずる事ができない。できれば探偵なんかする気になれるものではありません。探偵ができるのは人・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・しかしそれは文学上の美感が単に感情の上に立って居って決して理窟を入れないという所から、信仰というものも少し方角は違うがやはりそんなのであるまいかと、推し及ぼしただけの話しであって、今にまだ耶蘇教とか仏教とかの信者になる事は出来ない。それなら・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・質実な美感の深さ、そこにある抒情性のゆたかさというようなものは、人間の心にたたえられる情感のうちでも高いものの一つである。 あの人たちは、今これ迄とはちがって一体にしずんだ色や線のなかにとけこんでしまったが、そうやって一応もとの自分を消・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・現代において社会主義の社会と文学とは、新しい美感の母胎である。 作者は一九三〇年の十一月に日本へ帰って来た。じき、当時のナップに加盟していた日本プロレタリア作家同盟に参加した。そして精力的にソヴェトの社会生活の見学記、文化・文学活動の報・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・ ヴォルフのカメラはまるで美感と温さとをもった生きもののようで、独特の生命に流動しながら、対象の極めて自然な、しかも性格的なモメントをとらえている。最高の機械と技術とが駆使されていることは明らかなのだが、ヴォルフの製作の一つ一つの態度は・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・わたしたちの理論が情熱の美感と一致するとき――実感の新しい誕生によってこそ、わたしたちのささやかな存在も人類のよろこびの小さい花となります。又しても「世帯」の本能性と盲目性は、この詩集のどこにもないと思い、そのことに本質的な期待を感じます。・・・ 宮本百合子 「鉛筆の詩人へ」
出典:青空文庫