・・・青い葉の菖蒲に紫の花が咲いているのを代赭色の着物を着た舎人が持って行く姿があざやかであるとか、月の夜に牛車に乗って行くとその轍の下に、浅い水に映った月がくだけ水がきららと光るそれが面白い、と清少納言の美感は当時の宮廷生活者に珍しく動的である・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・しかし近代日本の精神は一般に、より科学的に高まっているから、やはりそこに分析と綜合の精神活動が求められ、それを通じて美をも一層豊富に感得したい欲望、即ち、世界の美感の中へつき出されて猶色褪せぬ美としての美しさを感じたい欲望をもっていると思う・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・故に美感にとぼし。性慾を芸術にまでたかめ得ず ○女に恋着あって、対手を何も云えずいつくしんで見るようになる男の心持ない わけ。〔欄外に〕 翌朝、何か一種揺蕩たるややエロティックな感じあり。対手を見なおす心持、何か他人でないよ・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・まりあは、その稚い美感の制作である天蓋に護られ、献納の蝋燭の焔に少しばかりすすけ給うた卵形の御顔を穏かに傾け佇んで在られる。祭壇の後のステインド・グラスを透す暗紅紫色の光線はここまで及ばない。薄暗い御像の前の硝子壜に、目醒めるようなカリフォ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・におさめられているものだが、芭蕉という芸術家が、日本の美感の一人の選手だから、教養の問題として、それがわからないというのはみっともない、そういう気持にかかずらうことはちっともいらないと思う。私たちの今日に生きている感覚に訴えるものをもってい・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・という言葉を、本当に生活のなかから湧きいでた女性の健やかな美感への成長として実感してゆくのも来年の事だし、こんなに炭の不足している一冬を、互に協力して体も丈夫に仕事も停滞させず過しぬいたという経験が、社会的な辛苦に対して女性をはっきり目ざま・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・清少納言は彼女の感覚の発溂さから多くのところでそういう美感の常識を破って、いかにもさやかである。他の人が絵にも歌にもしていない色彩のとり合せや、日常瑣事の風情に眼をつけていて、色彩の感覚などは今日の洋画の色感でさえ瞠目させられるようなものも・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫