・・・そして帳場机の中から、美濃紙に細々と活字を刷った書類を出して、それに広岡仁右衛門という彼れの名と生れ故郷とを記入して、よく読んでから判を押せといって二通つき出した。仁右衛門は固より明盲だったが、農場でも漁場でも鉱山でも飯を食うためにはそうい・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 明治卅四年十一月六日灯下ニ書ス東京 子規 拝 倫敦ニテ 漱石 兄 此手紙は美濃紙へ行書でかいてある。筆力は垂死の病人とは思えぬ程慥である。余は此手紙を見る度に何だか故人に対して済まぬ事をしたような気がする。書き・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・礬水びきの美濃紙へ辞書をすっかり写したものさ、と云っていたが、それもこの時代の夫婦の一日の光景であったであろう。何かの儀式のとき、どうしても洋服にズボンがいるということになった。仕様がないから、俄に私の繻珍の丸帯をほどいてズボンにしておきせ・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・を破り切ったので、今度は茶を出して美濃紙で張った「ほいろ」の様なものを、炉の上にのせた中にあけ火を喰わせ始めた。 折々手にすくいあげて少しずつこぼして工合を見る。ザラザラ……ザラザラ……と云う音にしばらくは菊太の低い声もかき乱されるけれ・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫