・・・文人が文章に気を揉むのは当然のようであるが、今日の偶像破壊時代の文人は過去の一切の文章型を無視して、同じ苦むにしてもこれまでの文章論や美辞法からは全く離れて自由であるべきはずである。極端にいえば、思想さえ思う存分に発現する事が出来るなら方式・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
どうも、みんな、佳い言葉を使い過ぎます。美辞を姦するおもむきがあります。鴎外がうまい事を言っています。「酒を傾けて酵母を啜るに至るべからず。」 故に曰く、私には好きな言葉は無い。・・・ 太宰治 「わが愛好する言葉」
およそありの儘に思う情を言顕わし得る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いて・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・しかるに、その肝心な空間的時間的な座標軸を抜きにして、いたずらに縹渺たる美辞を連ねるだけであるからせっかくの現実映画の現実性がことごとく抜けてしまって、ただおとぎ話の夢の国の光景のようなものになってしまうだけである。 もう少し観客を子供・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・だの「才能」だの美辞は横溢しているくせに、級の幹事が、ここで女教師代用で、髪形のことや何かこせこせした型をおしつけた。その頃の目白は、大学という名ばかりで、学生らしい健全な集団性もなく、さりとて大学らしい個性尊重もされていなかった。 学・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・今日の常識は、架空の心がまえや美辞を千万遍くりかえしたところで、孤独な母、妻の生活の安定は得られないことを知っている。生活安定の基礎である経済事情を眺めたとき、日本じゅうの律気な生活者の誰にとって、現在が安定しているといえるだろう。経済破壊・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ デュウゼは意識した美辞によって見物を刺激するのではない。舞台に出た時には吾人はデュウゼを見ずしてジョコンダを見、アンナを見る。自分を全然見物に忘れさすのは彼女の第二の天性である。舞台の上ではその役の性格に恐ろしく忠実であってその人の通・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫