・・・ 次の朝燕は、今日こそはしたわしいナイル川に一日も早く帰ろうと思って羽毛をつくろって羽ばたきをいたしますとまた王子がおよびになります。昨日の事があったので燕は王子をこの上もないよいかたとしたっておりましたから、さっそく御返事をしますと王・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・今迄薄暗かった空はほのぼのと白みかかって、やわらかい羽毛を散らしたような雲が一杯に棚引き、灰色の暗霧は空へ空へと晴て行く。これでおれのソノ……何と云ったものかしら、生にもあらず、死にもあらず、謂わば死苦の三日目か。 三日目……まだ幾日苦・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを恐れるかのように条をなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……「これだけの子供もあるというのに、あなたは男だから何でもないでしょうけれど、私には・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ また壁と壁の支えあげている天井との間のわずかの隙間からは、夜になると星も見えたし、桜の花片だって散り込んで来ないことはなかったし、ときには懸巣の美しい色の羽毛がそこから散り込んで来ることさえあった。・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ その剣は、豚を突殺すのに使ったり、素裸体に羽毛をむしり取った鵞鳥の胸をたち割るのに使って錆させたのだ。血に染った剣はふいても、ふいてもすぐ錆が来た。それを彼等は、土でこすって研ぐのだった。 栗本は剣身の歪んだ剣を持っていた。彼は銃・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・書斎の机上に飾り、ひさしぶりの読書したくなって、机のまえに正坐し、まず机の引き出しを整理し、さいころが出て来たので、二、三度、いや、正確に三度、机のうえでころがしてみて、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・スランプトハ、コノ様ナ、パッション消エタル白日ノ下ノ倦怠、真空管ノ中ノ重サ失ッタ羽毛、ナカナカ、ヤリキレヌモノデアル。時々刻々ノワガ姿、笑ッタ、怒ッタ、マノワルキカッカッ燃ユル頬、トウモロコシムシャムシャ、ヒトリ伏シテメソメソ泣イテイル、ス・・・ 太宰治 「創生記」
・・・北方の燈台守の細君が、燈台に打ち当って死ぬ鴎の羽毛でもって、小さい白いチョッキを作り、貞淑な可愛い細君であったのに、そのチョッキを着物の下に着込んでから、急に落ち着きを失い、その性格に卑しい浮遊性を帯び、夫の同僚といまわしい関係を結び、つい・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・それでは、さきに失敬。羽毛のようでなく、鳥のように軽くなければいけない、とその本に書いてあるぜ。どうすりゃ、いいんだい。」 無帽蓬髪、ジャンパー姿の痩せた青年は、水鳥の如くぱっと飛び立つ。・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・一方ではまた、突然の暴行の後に釈放された白い母鳥も、ほんのちょっとばかり取り乱した羽毛をくちばしでかいつくろって、心ばかりの身じまいをしただけで、もう何事もなかったように、これも瞬間の驚きから回復したらしい十羽のひなを引率してしずしずと池の・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
出典:青空文庫