・・・……… 翌朝の八時五分前である。保吉は人のこみ合ったプラットフォオムを歩いていた。彼の心はお嬢さんと出会った時の期待に張りつめている。出会わずにすましたい気もしないではない。が、出会わずにすませるのは不本意のことも確かである。云わば彼の・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ 八 寄席へ行った翌朝だった。お蓮は房楊枝を啣えながら、顔を洗いに縁側へ行った。縁側にはもういつもの通り、銅の耳盥に湯を汲んだのが、鉢前の前に置いてあった。 冬枯の庭は寂しかった。庭の向うに続いた景色も、曇・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 仁右衛門がこの農場に這入った翌朝早く、与十の妻は袷一枚にぼろぼろの袖無しを着て、井戸――といっても味噌樽を埋めたのに赤あかさびの浮いた上層水が四分目ほど溜ってる――の所でアネチョコといい慣わされた舶来の雑草の根に出来る薯を洗っていると・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「さあ、御馳走だよ。」 と衝と立ったが、早急だったのと、抱いた重量で、裳を前に、よろよろと、お民は、よろけながら段階子。「謹さん。」「…………」「翌朝のお米は?」 と艶麗に莞爾して、「早く、奥さんを持って下さいよ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・――この挿話に用があるのは、翌朝かえりがけのお妻の態度である。りりしい眉毛を、とぼけた顔して、「――少しばかり、若旦那。……あまりといえば、おんぼろで、伺いたくても伺えなし、伺いたくて堪らないし、損料を借りて来ましたから、肌のものまで。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・そのまま民子が泣きやんでしまえば何のこともなく済んだであろうが、民子はとうとう一晩中泣きとおしたので翌朝は眼を赤くして居た。母も夜時々眼をさましてみると、民子はいつでも、すくすく泣いている声がしていたというので、今度は母が非常に立腹して、お・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 二 翌朝、省作はともかくも深田に帰った。帰ったけれども駄目であった。五日ばかりしてまた省作は戻ってきた。今度はこれきりというつもりで、朝早く人顔の見えないうちに、深田の家を出たのである。 母は折角言うていった・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 四 翌朝、食事をすましてから、僕は机に向ってゆうべのことを考えた。吉弥が電燈の球に「やまと」のあき袋をかぶせ、はしご段の方に耳をそば立てた時の様子を見て、もろい奴、見ず転の骨頂だという嫌気がしたが、しかし自分の自由・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そうすると翌朝彼の起きない前に下女がやってきて、家の主人が起きる前にストーブに火をたきつけようと思って、ご承知のとおり西洋では紙をコッパの代りに用いてクベますから、何か好い反古はないかと思って調べたところが机の前に書いたものがだいぶひろがっ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 例の出来事を発明してからは、まだ少しも眠らなかったので、女はこれで安心して寝ようと思って、六連発の拳銃を抱いて、床の中へ這入った。 翌朝約束の停車場で、汽車から出て来たのは、二人の女の外には、百姓二人だけであった。停車場は寂しく、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫