・・・そんなものはございません、と云ったが、少し考えてから、老婢を近処の知合の大工さんのところへ遣って、巧く祈り出して来た。滝割の片木で、杉の佳い香が佳い色に含まれていた。なるほどなるほどと自分は感心して、小短冊位の大きさにそれを断って、そして有・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・一日わが孤立の姿、黙視し兼ねてか、ひとりの老婢、わが肩に手を置き、へんな文句を教えて呉れた。曰く、見どころがあって、稽古がきびしすぎ。 不眠症は、そのころから、芽ばえていたように覚えています。私のすぐ上の姉は、私と仲がよかった。私、小学・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・彼女は郷里の父の家に前後十五年近く勤めた老婢である。自分の高等学校在学中に初めて奉公に来て、当時から病弱であった母を助けて一家の庶務を処理した。自分が父の没後郷里の家をたたんでこの地へ引っ越す際に彼女はその郷里の海浜の村へ帰って行った。彼女・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・『坊っちゃん』にお清という親切な老婢が出る。僕の家にも事実はあんな老婢がいて、僕を非常にかわいがってくれた。『坊っちゃん』の中に、お清からもらった財布を便所へ落とすと、お清がわざわざそれを拾ってもってきてくれる条があった。僕は下女に金をもら・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
出典:青空文庫