・・・ と対向いの、可なり年配のその先生さえ少く見えるくらい、老実な語。「加減をして、うめて進ぜまする。その貴方様、水をフト失念いたしましたから、精々と汲込んでおりまするが、何か、別して三右衛門にお使でもござりますか、手前ではお間には合い・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・例えば左にも右くにも文部省が功労者と認めて選奨した坪内博士、如何なる偏見を抱いて見るも穏健老実なる紳士と認めらるべき思想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・「何だネエ汝は、朝ッぱらから老実ッくさいことをお言いだネ。「ハハハ、そうよ、異に後生気になったもんだ。寿命が尽きる前にゃあ気が弱くなるというが、我アひょっとすると死際が近くなったかしらん。これで死んだ日にゃあいい意気地無しだ。「・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・少し太り過ぎている男で、性質から言えば老実家である。馬をひどく可哀がる。中野は話を続けた。「君に逢ったら、いつか言って置こうと思ったが、ここには大きな溝に石を並べて蓋をした処があるがなあ。」「あの馬借に往く通だろう。」「あれだ。・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫