・・・小作料は三年ごとに書換えの一反歩二円二十銭である事、滞納には年二割五分の利子を付する事、村税は小作に割宛てる事、仁右衛門の小屋は前の小作から十五円で買ってあるのだから来年中に償還すべき事、作跡は馬耕して置くべき事、亜麻は貸付地積の五分の一以・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ どこの村落にせよ、まだ、あまり都会的害毒に侵されざるかぎり、また、彼等が土を耕している人間であるかぎり、自然発生的に、その村に結ばれた習慣があり、掟がある。そして、他郷に見られない、自からの扶助が行われている筈である。かゝる村落自治こ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・ もし、人々がすべてかくのごとく、自から耕し、自から織り、それによって生活すべく信条づけられていたなら、そして、虚栄から、虚飾から、また不正の欲望から生ずる一切のものを排除することができたなら、彼等は、搾取されることもなく、また、搾取す・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・ 岩波書店主茂雄君のお母さんは信濃の田舎で田畑を耕し岩波君の学資を仕送りした。たまに上京したとき岩波君がせめて東京見物させようと思っても、用事がすむとさっさと帰郷してしまった。息子を勉強させたいばかりに働いていたのだ。そして岩波君が志操・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・もう齢、六十にあまって、なお毎日、耕したり、肥桶をかついだりである。寒い日には、親爺の鼻さきには水ばなのしずくが止まっている。時々それがぽとりと落ちる。 帰って、──いつも家へ着くのは晩だが、その翌朝、先ず第一に驚くことは、朝起きるのが・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・小作人は、折角、耕して作った稲を差押えられる。耕す土地を奪われる。そこでストライキをやる。小作争議をやる。やらずにいられない。その争議団が、官憲や反動暴力団を蹴とばして勇敢にモク/\と立ちあがると、その次には軍隊が出動する。最近、岐阜の農民・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・私は太郎の耕しに行く畠がどっちの方角に当たるかを尋ねることすら楽しみに思いながら歩いた。私の行く先にあるものは幼い日の記憶をよび起こすようなものばかりだ。暗い竹藪のかげの細道について、左手に小高い石垣の下へ出ると、新しい二階建ての家のがっし・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・農民は原野に境界の杙を打ち、其処を耕して田畑となした時、地主がふところ手して出て来て、さて嘯いた。「その七割は俺のものだ。」また、商人は倉庫に満す物貨を集め、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、公達は緑したたる森のぐるりに早速縄を張り廻らし、そこ・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・気の合った友だちばかりで田畑を耕して、桃や梨や林檎の木を植えて、ラジオも聞かず、新聞も読まず、手紙も来ないし、選挙も無いし、演説も無いし、みんなが自分の過去の罪を自覚して気が弱くて、それこそ、おのれを愛するが如く隣人を愛して、そうして疲れた・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・の広い田野をそういう道具で耕し始めてからの事である。ただの「人間の言語」だけであった昔の自然哲学は、これらの道具の掘り出した「自然自身の言語」によって内容の普遍性を増して行った。質だけを表わす言語に代って数を表わす言語の数が次第に増して行っ・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
出典:青空文庫