・・・この比喩を教えて国民の心の寛からんことを祈りし聖者おわしける。されどその民の土やせて石多く風勁く水少なかりしかば、聖者がまきしこの言葉も生育に由なく、花も咲かず実も結び得で枯れうせたり。しかしてその国は荒野と変わりつ。 ・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・「どうぞ聖者の毫光を御尊敬なさると同じお心持で、勝利を得たものの額の月桂冠を御尊敬なすって下さいまし。」「どうぞわたくしの心の臓をお労わりなすって下さいまし。あなたの御尊信なさる神様と同じように、わたくしを大胆に、偉大に死なせて下さ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・作家は、例外なしに実にくだらない人間なのだと自分は思っています。聖者の顔を装いたがっている作家も、自分と同輩の五十を過ぎた者の中にいるようだが、馬鹿な奴だ。酒を呑まないというだけの話だ。「なんじら祈るとき、偽善者の如くあらざれ。彼らは人に顕・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・昔自分達が若かった頃のクリスチャンのように妙に聖者らしい気取りが見えなくて感じのいい人達のようである。 この団体がここを引上げるという前夜のお別れの集りで色々の余興の催しがあったらしい。大広間からは時々賑やかな朗らかな笑声が聞こえていた・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・パンと塩と水とをたべている修道院の聖者たちにはパンの中の糊精や蛋白質酵素単糖類脂肪などみな微妙な味覚となって感ぜられるのであります。もしパンがライ麦のならばライ麦のいい所を感じて喜びます。これらは感官が静寂になっているからです。水を呑んでも・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
一 カールの持った「三人の聖者」 ドイツの南の小さい一つの湖から注ぎ出て、深い峡谷の間を流れ、やがて葡萄の美しく実る地方を通って、遠くオランダの海に河口を開いている大きい河がある。それは有名なライン河・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ ゴールスワアジーの小説に「聖者の道行」という小説がある。第一次大戦の前後に書かれた作品で、イギリスの人たちが、十九世紀からもちつづけて来た家庭、結婚についての形式的な習慣に、新しく深いヒューマニティーの光を射こんだ作品であった。保守的・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 私の髪は聖者の様に純白に光り目は澄んで居る。 手には小笛を握って居る。 「偉大なる汝大火輪 笑いつつ嘲笑いつつ我に黙せよと汝は叫ぶ 黙さんか我、――我は黙さんか―― 偉大なる大火輪は叫ぶ 我に黙せよと、――・・・ 宮本百合子 「小鳥の如き我は」
・・・ いかほどの迫害を受けても、ただ、神の恩寵のみを感じて、想像も及ばない忍従と愛とのうちに神を見、神とともに語った聖者。 または、悲壮な先駆者として、彼の生命を自然律のあらゆる必然のうちに投じて、天と地との一切のものを知り、そして愛し・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 指一本触らずに置いて来た金包みのうちに、彼女は自分等の永久的な慰楽が包蔵されていたような心持がして、禰宜様宮田はまるで聖者の仮面を被った悪魔、生活を破壊させ、堕落させようと努めてばかりいる悪魔のように憎んだのである。 もちろん、お・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫