・・・私はこれを日本国民が二千年来この生を味うて得た所のものが間接の思想の形式に由らず直ちに人の肉声に乗って無形のままで人心に来り迫るのだ」とあるは二葉亭のこの間の芸に魅入られた心境を説明しておる。だが、こういうと馬鹿に難かしく面倒臭くなるが、畢・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そして男子の太い声と婦人の清く澄んだ声と相和して、肉声の一高一低が巧妙な楽器に導かれるのです、そして「たえなるめぐみ」とか「まことのちから」とか「愛の泉」とかいう言葉をもって織り出された幾節かの歌を聞きながら立っていますと、総身に、ある戦慄・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・前者では往々たとえば一人の歌手の声が途中で破れていわゆる五色の声を出すような不快な感があるのに、後者では、いろいろの音域の肉声や楽器の音の集まった美しい快い合奏を聞くような感じを与えるのである。もし詩や小説の合作がまれに非常にうまく成効した・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・わたくしは演劇及オペラの如き芸術家の肉体と肉声とを必須となす芸術は、必其の作者と人種を同じくする者によって演ぜられる事を望んでいる。カルメンの完全なる演出は仏蘭西人を俟たねばならぬが如く、トリスタンは独逸人でなければならぬであろう。わたくし・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
出典:青空文庫