・・・とは彼女の顔だちの肉感的なことを意味するのだった。僕等は二人ともこの少女にどうも好意を持ち悪かった。もう一人の少女にも、――Mはもう一人の少女には比較的興味を感じていた。のみならず「君は『ジンゲジ』にしろよ。僕はあいつにするから」などと都合・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・粋にもモダンにも向く肉感的な女であった。二 早くから両親を失い家をなくしてしまった私は、親戚の家を居候して歩いたり下宿やアパートを転々と変えたりして来たためか、天涯孤独の身が放浪に馴染み易く、毎夜の大阪の盛り場歩きもふと放浪・・・ 織田作之助 「世相」
・・・しかし少なくも俳句を解する日本人にとっては、この句は非常に肉感的である。われわれの心の皮膚はかなり鋭い冷湿の触感を感じ、われわれの心の鼻はかびや煤の臭気にむせる。そのような官能の刺激を通じて、われわれ祖先以来のあらゆるわびしくさびしい生活の・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 向島の芸者 ○ちりめんに黒い帯をしめ、かりた庭下駄の、肉感的極る浅草辺の女優と男二人の組。 ○カマクラの海浜ホテルで見た、シャンパンをぬいた I love you が、又あの水浅黄格子木綿服の女と、他に子供づれ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・自分等の生活が肉感的なので仕事が出来ないのかと思ったり、Aが性格的に自分を煩すのかと思ったり。――然し今、自分には、それ等も少しはあったかも知れないが、要するに、現在日本の社会状態に於ては、芸術に携る女性は、主婦として全責任を帯びたのでは、・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・検閲官に禁止の権利を与えるものは、その作品を芸術的に鑑賞し得ずただその作品から肉感的な煽動を受けるのみであるところの公衆が存在するという事実である。この事実を検閲官はいかにして捕えているか。 ロダンの「接吻」は裸体の男女が抱き合っている・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・そうしてその肉感的な陶酔を神への奉仕であると信じている。さらにはなはだしいのは神前にささげる閹人の踊りである。閹人たちは踊りが高潮に達した時に小刀をもって腕や腿を傷つける。そうして血みどろになって猛烈に踊り続ける。それを見まもる者はその血の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫