・・・聴診器を三、四か所胸にあてがってみた後、瞳を見、眼瞼を見、それから形ばかりに人工呼吸を試み注射をした。肛門を見て、死後三十分くらいを経過しているという。この一語は診察の終わりであった。多くの姉妹らはいまさらのごとく声を立てて泣く、母は顔を死・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・の話をとると、夕涼みに江ノ口川の橋の欄干に腰をかけているとこの怪物が水中から手を延ばして肛門を抜きに来る。そこで腰に鉄鍋を当てて待構えていて、腰に触る怪物の手首をつかまえてぎゅうぎゅう捻じ上げたが、いくら捻じっても捻じっても際限なく捻じられ・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・それに、虚子曰く馬の肛門のようだ、という意味の言葉がかいてあった。私が笑ったら、子規は、いや本当にそう思ったのだから面白いのだと云って虚子のリマークを弁護したのであった。 子規の葬式の日、田端の寺の門前に立って会葬者を見送っていた人々の・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
・・・ やはりその頃であったと思うが、子規が熟柿を写生した絵を虚子が見て「馬の肛門かと思った」と云った。それを子規がひどく面白がって「しかし本当にそう思ったんだから」ということを繰返し繰返し言い訳のように云うのであった。 募集した絵をゆっ・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・と説明して聞かすと、虚子は始めて合点した顔附で「それで分ったが、さっきから馬の肛門のようだと思うて見て居たのだ」というた。○僕の国に坊主町という淋しい町があってそこに浅井先生という漢学の先生があった。その先生の処へ本読みに行く一人の・・・ 正岡子規 「画」
出典:青空文庫