・・・市街地にも種物商や肥料商が入込んで、たった一軒の曖昧屋からは夜ごとに三味線の遠音が響くようになった。 仁右衛門は逞しい馬に、磨ぎすましたプラオをつけて、畑におりたった。耡き起される土壌は適度の湿気をもって、裏返るにつれてむせるような土の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・一つの種子の生命は土壌と肥料その他唯物的の援助がなければ、一つの植物に成育することができないけれども、そうだからといって、その種子の生命は、それが置かれた環境より価値的に見て劣ったものだということができないのと同じことだ。 しかるに空想・・・ 有島武郎 「想片」
・・・「それを食べたら、肥料桶が、早桶になって即死じゃぞの、ぺッぺッぺッ。」 私は茫然とした。 浪路は、と見ると、悄然と身をすぼめて首垂るる。 ああ、きみたち、阿媽、しばらく!…… いかにも、唯今申さるる通り、較べては、玉と石・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……人形使 これというも、酒の一杯や二杯ぐれえ、時たま肥料にお施しなされるで、弘法様の御利益だ。万屋 詰らない世辞を言いなさんな。――全くこの辺、人通りのないのはひどい。……先刻、山越に立野から出るお稚児を二人、大勢で守立てて通った・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 吉雄くんは、それからは、よく木に注意して、肥料をやったりしました。 すると、吉雄くんのいちじゅくの木も、ぐんぐん大きくなってゆきました。そして、早くも、明くる年には、みごとな実が幾つもついたのであります。 これを見て、吉雄くん・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・ 彼は、多くの人を雇って、木に肥料をやったり、冬になると囲いをして、雪のために折れないように手をかけたりしました。そのうちに木はだんだん大きく伸びて、ある年の春には、広い畑一面に、さながら雪の降ったように、りんごの花が咲きました。太陽は・・・ 小川未明 「牛女」
・・・の興奮から思いついた継母の手伝いの肥料担ぎや林檎の樹の虫取りも、惣治に言われるまでもなく、なるほど自分の柄にはないことのようにも思われだした。「やっぱし弟の食客というところかなあ……」と思うほかなかった。…… 二階の窓ガラス越しに、煙害・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・一個の男、一個の妻、二個の少女麦の肥料を丸めいたり。少年あり、藁を積み重ねし間より頭を出して四人の者が余念なく仕事するを余念なくながめいたり。渡頭を渡りて広き野に出ず。野は麦まきに忙しく女子みな男子と共に働きいたり。山の麓に見ゆるは土河内村・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ だから土地に肥料を施す如く、人は色々な文句を作ってこれ等の情を肥かうのだ。 そうしてみると神様は甘く人間を作って御座る。ではない人間は甘く猿から進化している。 オヤ! 戸をたたく者がある、この雨に。お露だ。可愛いお露だ。 ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 僕にとって、トルストイが肥料だった。が、トルストイは、あまりに豊富すぎる肥料で、かえってあぶないようだ。あまりに慾張って、肥料を吸収しすぎた麦は、実らないさきに、青いまゝ倒れて、腐ってしまう。そのように、トルストイという肥料から、あま・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
出典:青空文庫