・・・ 彼は、指先で、窓硝子をコツコツ叩いた。肺臓まで凍りつきそうな寒い風が吹きぬけて行った。彼は、その軒の下で暫らく佇んでいた。「ガーリヤ!」 そして、また、硝子を叩いた。「何?」 女が硝子窓の向うから顔を見せた。唇の間に白・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・しかし、何も云わず、ぶくぶくした手が剣身を握りとめないうちに、剣は、肋骨の間にささって肺臓を突き通し背にまで出てしまった。栗本は夢ではないかと考えた。同時に、取りかえしのつかないことを仕出かしてしまったことに気づいた。銃を持っている両腕は、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸に繃帯を巻いて、やたらに咳をしながら、お医者に見せに行ったら、レントゲンで精細にしらべられ、稀に見る頑強の肺臓であるといって医者にほめられた。文学・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸に繃帯を巻いて、やたらに咳をしながら、お医者に見せに行ったら、レントゲンで精細にしらべられ、稀に見る頑強の肺臓であるといって医者にほめられた。文学・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・彼の心臓は未だピクピクしていた。そうしたがっていた。彼の肺臓もそうだった。けれども、地上に資本主義の毒が廻らぬ隈もないように、彼の心臓も、コレラ菌のために、弱らされていた。 数十万の人間が、怨みも、咎もないのに、戦場で殺し合っていたよう・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・すると彼の頭の中には、無数の肺臓が、花の中で腐りかかった黒い菌のように転がっている所が浮んで来る。恐らくその無数の腐りかかった肺臓は、低い街々の陽のあたらぬ屋根裏や塵埃溜や、それともまたは、歯車の噛み合う機械や飲食店の積み重なった器物の中へ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫