・・・ と真白く細き手を動かし、かろうじて衣紋を少し寛げつつ、玉のごとき胸部を顕わし、「さ、殺されても痛かあない。ちっとも動きやしないから、だいじょうぶだよ。切ってもいい」 決然として言い放てる、辞色ともに動かすべからず。さすが高位の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・前からの胸部の病気が、急に表面にあらわれて来たのであった。私は、虫の息になった。医者にさえはっきり見放されたけれども、悪業の深い私は、少しずつ恢復して来た。一箇月たって腹部の傷口だけは癒着した。けれども私は伝染病患者として、世田谷区・経堂の・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 胸部の皮膚にさわられるのが直接にくすぐったい感覚を起こさせるので、それが原因かと思われない事もないが、実はそうではなくて、それよりはむしろ息を吸い込もうとする努力と密接な関係のある事が自分でよくわかる。腹部をもんだりする時には実際かえ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・池辺君が胸部に末期の苦痛を感じて膏汗を流しながらもがいている間、余は池辺君に対して何らの顧慮も心配も払う事ができなかったのは、君の朋友として、朋友にあるまじき無頓着な心持を抱いていたと云う点において、いかにも残念な気がする。余が修善寺で生死・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・ 十四日 岸博士来、左胸部浸潤 来年二月頃まで休養 〔欄外に〕○病気にかまけて居るAを見る歯がゆさ。 聖書 マンネリズム ○上役に対して。 ○パーマのこと。 二月頃 ○西村のこと。 マリモ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
出典:青空文庫