・・・のみならず彼女の腋の下や何かにあるにおいも感じ出した。そのはちょっと黒色人種の皮膚の臭気に近いものだった。「君はどこで生まれたの?」「群馬県××町」「××町? 機織り場の多い町だったね。」「ええ。」「君は機を織らなかった・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・諸膚を脱いだのもあれば、腋の下まで腕まくりするのがある。 年増のごときは、「さあ、水行水。」 と言うが早いか、瓜の皮を剥くように、ずるりと縁台へ脱いで赤裸々。 黄色な膚も、茶じみたのも、清水の色に皆白い。 学生は面を背け・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・……信也氏は脇の下をすくめて、身ぶるいした。「だ……」 がっかりして、「めね……ちょっと……お待ちなさいよ。」 信也氏が口をきく間もなく、「私じゃ術がきかないんだよ。こんな時だ。」 何をする。 風呂敷を解いた。見・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・襟も袖も引きむしる、と白い優しい肩から脇の下まで仰向けに露われ、乳へ膝を折上げて、くくられたように、踵を空へ屈めた姿で、柔にすくんでいる。「さ、その白ッこい、膏ののった双ももを放さっしゃれ。獣は背中に、鳥は腹に肉があるという事いの。腹から割・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「あの時分は、脇の下に羽でも生えていたんだろう。きっとそうに違いない。身軽に雪の上へ乗って飛べるように。」 ……でなくっては、と呼吸も吐けない中で思いました。 九歳十歳ばかりのその小児は、雪下駄、竹草履、それは雪の凍てた時、こん・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・またそれよりも、真珠の首飾見たようなものを、ちょっと、脇の下へずらして、乳首をかくした膚を、お望みの方は、文政壬辰新板、柳亭種彦作、歌川国貞画――奇妙頂礼地蔵の道行――を、ご一覧になるがいい。 通り一遍の客ではなく、梅水の馴染で、昔から・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 群集の思わんほども憚られて、腋の下に衝と冷き汗を覚えたのこそ、天人の五衰のはじめとも言おう。 気をかえて屹となって、もの忘れした後見に烈しくきっかけを渡す状に、紫玉は虚空に向って伯爵の鸚鵡を投げた。が、あの玩具の竹蜻蛉のように、晃・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ そんなに仔細に観察されていたのかと、私は腋の下が冷たくなった。 女は暫らく私を見凝めるともなく、想いにふけるともなく捕えがたい視線をじっと釘づけにしていたが、やがていきなり歪んだ唇を痙攣させたかと思うと、「私の従兄弟が丁度お宅・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ と、情けない声をだした婆さんの方にかまけて、思い止まり、背中にまわっていつもお前がしてやっていたように、存外思い腋の下を抱え起し、尿をとってやった。ごつごつした身体だった。 それから、四五日も看病してやったろうか、いよいよ宿や医者・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ ――おまえは腋の下を拭いているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のようだと思ってごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。 ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている! い・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
出典:青空文庫