・・・――平常自分が女、女、と想っている、そしてこのような場所へ来て女を買うが、女が部屋へ入って来る、それまではまだいい、女が着物を脱ぐ、それまでもまだいい、それからそれ以上は、何が平常から想っていた女だろう。「さ、これが女の腕だ」と自分自身で確・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 見ればなるほど三畳敷の一間に名ばかりの板の間と、上がり口にようやく下駄を脱ぐだけの土間とがあるばかり、その三畳敷に寝床が二つ敷いてあって、豆ランプが板の間の箱の上に載せてある。その薄い光で一ツの寝床に寝ている弁公の親父の頭がおぼろに見・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・洋服を脱ぐのもめんどうくさいらしい。 まもなくお清がはいって来て「江上さんから電話でございます。」 大森ははね起きた。ふらふらと目がくらみそうにしたのを、ウンとふんばって突っ立った時、彼の顔の色は土色をしていた。 けれども電話口・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・着換えるまで自分は何の気もなしにいたけれど、こうして島の宿りに客となって、女の人の着物を借りて着たのかと思うと、脱ぐ段になって一種の艶な感じが起った。何だかもう少し着ていたいようにも思われた。そして、しばらく羽織の赤い裏の裏返ったのを見守っ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・帽子を脱ぐと髪の毛を吹き乱す。やっとベデカの図を開いてパリじゅうを見おろす。塔の頂の洗いさらされた石材には貝がらの化石が一面についている。寺の歴史やパリの歴史もおもしろいが、この太古の貝がらの歴史も私にはおもしろい。屋根のトタンにも石にも一・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・家へ帰って護謨合羽を脱ぐと、肩当の裏側がいつの間にか濡れて、電灯の光に露のような光を投げ返した。不思議だからまた羽織を脱ぐと、同じ場所が大きく二カ所ほど汗で染め抜かれていた。余はその下に綿入を重ねた上、フラネルの襦袢と毛織の襯衣を着ていたの・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・このとき、トルストイは、不幸なアンナが切迫した愛の思い、屈辱感、憎悪と悲しみとの混乱のなかで、カレーニンの玄関に入ったときヴェールを脱ぐだろうか脱がないだろうか、外套はどうするだろうと、作者トルストイが何日も苦心したということが伝えられてい・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・石田が長靴を脱ぐと、爺さんは長靴も一しょに持って先に立った。 石田は爺さんに案内せられて家を見た。この土地の家は大小の違があるばかりで、どの家も皆同じ平面図に依って建てたように出来ている。門口を這入って左側が外壁で、家は右の方へ長方形に・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・着物を脱ぐでしょうか。」 久保田はしばらく考えた。外の人のためになら、同国の女を裸体にする取次は無論しない。しかしロダンがためには厭わない。それは何も考えることを要せない。ただ花子がどう云うだろうかと思ったのである。「とにかく話して・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫