・・・そして、お先きにと、湯殿の戸をあけた途端、化物のように背の高い女が脱衣場で着物を脱ぎながら、片一方の眼でじろりと私を見つめた。 私は無我夢中に着物を着た。そして気がつくと、女の眼はなおもじっと動かなかった。もう一方の眼はあらぬ方に向けら・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 古着屋の田中の新ちゃんはすでに若い嫁をもらっており、金助の抱いて行った子供を迎えにお君が男湯の脱衣場へ姿を見せると、その嫁も最近生れた赤ん坊を迎えに来ていて、仲よしになった。雀斑だらけの鼻の低いその嫁と比べて、お君の美しさはあらためて・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ふらふらして流し場から脱衣場へ逃れ出ようとすると、佐吉さんは私を掴え、髯がのびて居ます。剃ってあげましょう、と親切に言って下さるので、私は又も断り切れず、ええ、お願いします、と頼んでしまうのでした。くたくたになり、よろめいて家へ帰り、ちょっ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・けさ私は、岩風呂でないほうの、洋式のモダン風呂のほうへ顔を洗いに行って、脱衣場の窓からひょいと、外を見るとすぐ鼻の先に宿屋の大きい土蔵があってその戸口が開け放されているので薄暗い土蔵の奥まで見えるのですが、土蔵の窓から桐の葉の青い影がはいっ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・僕は湯槽のお湯にひたりながら、脱衣場にいる青扇をそれとなく見ていた。きょうは鼠いろの紬の袷を着ている。彼があまりにも永く自分のすがたを鏡にうつしてみているのには、おどろかされた。やがて、僕も風呂から出たのであるが、青扇は、脱衣場の隅の椅子に・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ がまんできぬ屈辱感にやられて、風呂からあがり、脱衣場の鏡に、自分の顔をうつしてみると、私は、いやな兇悪な顔をしていた。 不安でもある。きょうのこの、思わぬできごとのために、私の生涯が、またまた、逆転、てひどい、どん底に落ちるのでは・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・さきに帰るからね。」脱衣場で、そそくさ着物を着ていたら、湯槽のほうでは、なごやかな世間話がはじまった。やはり私が、気取って口を引きしめて、きょろきょろしていると異様のもので、老人たちにも、多少気づまりの思いを懐かせていたらしく、私がいなくな・・・ 太宰治 「美少女」
・・・たぶん温度を保つためであろう、壁が二重になっていた。脱衣棚が日本の洗湯のそれと似ているのもおもしろかった。風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけって、そしてうとうとと昼寝をむさぼっていた肉欲的な昔の人の生活を思い浮・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 壁の地獄の絵の中の火はもえて脱衣婆は白髪をさかだてて居る、不思議な部屋で歯のまっしろな唇の真赤な女は自分の力を信じてうす笑いをして居る事がよくあった。 女の机の上にはいつでも短刀が置いてあった。虹をはく様なその色、そのかがやき、そ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・○鬼足袋工業株式会社、資本百万円、寺田淳平。二百六十四名、主に少女工剣劇ファン○職工と女工と別の出入口をもっているところもある。○壁のわきのゴミ箱。○脱衣室のわきの三尺の大窓。○あき地で塀なし。わきから通って、となりの工場へ・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
出典:青空文庫