・・・園芸用の腐蝕土だよ。しかも上等な腐蝕土だよ。」 僕等はいつか窓かけを下した硝子窓の前に佇んでいた。窓かけは、もちろん蝋引だった。「家の中は見えないかね。」 僕等はそんなことを話しながら、幾つかの硝子窓を覗いて歩いた。窓かけはどれ・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・骨折沢山の生涯のために流した毒々しい汗で腐蝕せられて、褐色になっている。この顔は初めは幅広く肥えていたのである。しかし肉はいつの間にか皮の下で消え失せてしまって、その上の皮ががっしりした顴骨と腮との周囲に厚い襞を拵えて垂れている。老人は隠し・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 田中館先生が電流による水道鉄管の腐蝕に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・日本魂を腐蝕する毒素の代りにそれを現代に活かす霊液でも、捜せばこの智恵の泉の底から湧き出すかもしれない。 電車で逢った老子はうららかであった。電車の窓越しに人の頸筋を撫でる小春の日光のようにうららかであったのである。 ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・上のまん中の二枚の歯の接触点から始まった腐蝕がだんだんに両方に広がって行って歯の根もとと先端との間の機械的結合を弱めた。そうして、いつかどこかでごちそうになったときに出された吸い物の椎茸をかみ切った拍子にその前歯の一本が椎茸の茎の抵抗に負け・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 台湾のある地方では鉄筋コンクリート造りの鉄筋がすっかり腐蝕して始末に困っているという話である。内地でもいつかはこの種の建築物の保存期限が切れるであろうが、そうした時の始末が取り越し苦労の種にはなりうるであろう。コンクリート造りといえど・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫