・・・日露戦争からヨーロッパ大戦までの間に、近代社会としての日本の社会機構が急速な膨脹をとげたように、その発展の雰囲気は、文学にも及ぼして、有産知識人の文学的活動は華々しく行われたのであった。その当時、果して文学賞などというものが存在したであろう・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・と云う小さい境を蹴破って一層膨張した我ではございますまいか。その境で、人はもう、小さい「俺」や「私」やにはなやまされては居ません。けれども、天神の眼を透す、総ての現象は、天地を蓋う我から洩れる事はございません。地を這う蟻の喜悦から、星の壊る・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 日本で大正頃から出版企業が膨脹したにつれて、文学・小説の創作水準に分裂がおこった。一方には、日本の全人口からみれば少い一部の文学好きの人々、教養の深い人々のために、純文学作品の発表・出版があり、一方では、より多くの大衆が、労働から解放・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・等を生んだ菊池寛は、その作家としての特色の必然な発展と大戦後の経済界の膨脹につれて近代化したジャーナリズムの吸引によって、久米正雄と共に既に大衆文学へ移っている。さりとて上記の作家達が『文芸戦線』の文学運動に身を挺するには、その文学理論が納・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・――純白な紙、やさしい点線のケイの中に何を書かせようと希うのか深みゆく思い、快よき智の膨張私は 新らしい仕事にかかる前愉しい 心ときめく醗酵の時にある。一旦 心の扉が開いたら此上に私の創る世界が湧上ろ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・戦争と軍需生産者の独占資本の関係は、資本主義の社会悪として、全人類的犯罪の可能にまで膨脹して来た。誰でも知るように、資本主義社会での政治的方向は独占資本の欲する方向と反対ではあり得ない。資本主義の国々での政治はもとより人民の手にないし、政治・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・一人の作家が、時流におされて、或る程度日常生活を世俗的に膨脹させてしまうと、そのふくらんだ日暮しを、ころがしてゆくために、執筆は稼ぎとならざるを得ず、稼ぎともなれば、注文に敏感ならざるを得ない。 戦時中、日本の文学者たちが示したおどろく・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・また、植民地膨脹期のエリザベス朝の戯曲家シェクスピアが生きた時代のイギリス感情でもある。 オセロの黒檀のようなつややかなきつい人間美。デスデモーナの柔かく白い大理石のような美しさ。その二人の間に、オセロの愛のしるしとして一枚のきれいなハ・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・「しかしこんなに膨脹しては、名は小でも、邪魔になるね。なぜわざわざ取り寄せたのだ。」「なに、教師をしていると、人名や地名の説明を求められますから、この位な本がないと、心細いのです。」 F君と私とは会話辞書の話をした。Meyer ・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・彼の肉体が毛布の中で自身の温度のために膨張する。彼の田虫は分裂する。彼の爪は痒さに従って活動する。すると、ますます活動するのは田虫であった。ナポレオンの爪は彼の強烈な意志のままに暴力を振って対抗した。しかし、田虫には意志がなかった。ナポレオ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫