・・・ 奴隷 奴隷廃止と云うことは唯奴隷たる自意識を廃止すると云うことである。我我の社会は奴隷なしには一日も安全を保し難いらしい。現にあのプラトオンの共和国さえ、奴隷の存在を予想しているのは必ずしも偶然ではないのである。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・一方には、従順に、勇敢に、献身的に、一色に塗りつぶされた武者人形。一方には、自意識と神経と血のかよった生きた人間。 勿論、「将軍」に最も正しく現実が伝えられているか否かは、検討の余地のある問題であるが、こゝには、すくなくとも故意の歪曲と・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・女は其の調子に惹かれて、それではまずいので、とは云兼ぬるという自意識に強く圧されていたが、思わず知らず「ハ、ハイ」と答えると同時に、忍び音では有るが激しく泣出して終った。苦悩が爆発したのである。「何も彼も皆わたくしの恐ろしい落度・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・むかし、ばらばらに取り壊し、渾沌の淵に沈めた自意識を、単純に素朴に強く育て直すことが、僕たちの一ばん新しい理想になりました。いまごろ、まだ、自意識の過剰だの、ニヒルだのを高尚なことみたいに言っている人は、たしかに無智です。」「やあ。」男・・・ 太宰治 「花燭」
・・・若き兵士たり、それから数行の文章の奥底に潜んで在る不安、乃至は、極度なる羞恥感、自意識の過重、或る一階級への義心の片鱗、これらは、すべて、銭湯のペンキ絵くらいに、徹頭徹尾、月並のものである。私は、これより数段、巧みに言い表わされたる、これら・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・被告タル酷烈ノ自意識ダマスナ。ワレコソ苦悩者。刺青カクシタ聖僧。オ辞儀サセタイ校長サン。「話」編輯長。勝チタイ化ケ物。笑ワレマイ努力。作家ドウシハ、片言満了。貴作ニツキ、御自身、再検ネガイマス。真偽看破ノ良策ハ、一作、失エシモノノ深サヲ計レ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・たとえば、帽子をあみだにかぶっても気になるし、まぶかにかぶっても落ちつかないし、ひと思いに脱いでみてもいよいよ変だという場合、ひとはどこで位置の定着を得るかというような自意識過剰の統一の問題などに対しても、この小説は碁盤のうえに置かれた碁石・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・私にも、その頃はまだ、自意識だのなんだの、そんなけがらわしいものは持ち合せ無く、思うことそのまま行い得る美しい勇気があったのである。後で知ったのだが、その割烹店は、県知事はじめ地方名士をのみ顧客としている土地一流の店の由。なるほど玄関も、も・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・それはあたかも自意識のある動物が、われわれには不可知なある感情を表わすためにもがいているようにも思われ、あるいはまた充実した生命の歓喜におどっているようにも思われた。やがて茎の頂上にむくむくと一つの団塊が盛り上がったと思うとまたたくまにその・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・をかざして、一方に擡頭しつつあるファッシズムとその文学の警戒すべき本質をさとらずに、右にも左にもわずらわされない「自由な自意識の確立」に歓声をあげていた情況は、まざまざとうつされている。天皇制の「非常時」専制があんまり非人間的で苦しく、重圧・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
出典:青空文庫