・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ 一つには、娘の正体がまったく解らないということも、小沢を自重させていた。それに、娘の方から寝台へ誘ったといっても、万一それが無邪気な気持からであったとすれば小沢の思い違いはきっと悔恨を伴うだろう。「君、こうしていて怖くない……?」・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・という変な名前の雑誌の創刊号には、編輯長は自重して小説を発表せず、叙情詩を二篇、発表いたしましたが、どうも、それは、いま、いくら考えてみても傑作とは思えないものなのであります。あの、兄ともあろうお人が、どうしてこんなものを発表する気になった・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 世のおとなたちは、織田君の死に就いて、自重が足りなかったとか何とか、したり顔の批判を与えるかも知れないが、そんな恥知らずの事はもう言うな! きのう読んだ辰野氏のセナンクウルの紹介文の中に、次のようなセナンクウルの言葉が録されてあっ・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・破れかぶれなのです。自重自愛を忘れてしまった。自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からおさらばしたくなって来たのでありましょう。私は、それを思・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ろがあったので、この先生の講義にだけは努めて出席するようにしていたし、研究室にも二、三度顔を出して突飛な愚問を呈出して、先生をめんくらわせた事もあって、その後、私の小さい著作集をお送りして、鈍骨もなお自重すべし、石に矢の立つ例も有之候云々、・・・ 太宰治 「佳日」
・・・御自重下さい、と書かれていましたので、げっそり致しました。しず子もおとなしくお留守番をしています、とも書かれていました。どうしても、ここで一篇、小説を書かなければ、家へも面目なくて帰れない気持です。毎日こんな、だらしない事では、どう仕様もご・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・君の自重をうながすだけのことである。送金を減らされたそうだが、減らされただけ生活をきりつめたらどんなものだろう。生活くらい伸びちぢみ自在になるものはない。至極簡単である。原稿もそろそろ売れて来るようになったので、書きなぐらないように書きため・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は、ことし三十二歳である。自重しなければならぬ。けれども私は、この少年に、口さきばかり、と思われたくないばかりに、こうして共に歩いている。所詮は私も、自分の幼い潔癖に甘えていたのかも知れない。私は自分の不安な此の行動に、少年救済という美名・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私は、こんなばかな苦労をして、そうして、なんにもならなかったから、せめて君だけでも、自重してこんなばかな真似はなさらぬようにという極めて消極的な無力な忠告くらいは、私にも、できるように思う。燈台が高く明るい光を放っているのは、燈台みずからが・・・ 太宰治 「困惑の弁」
出典:青空文庫