・・・そこに彼等の致命傷もあれば、彼等の害毒も潜んでいると思う。害毒の一つは能動的に、他人をも通人に変らせてしまう。害毒の二つは反動的に、一層他人を俗にする事だ。小えんの如きはその例じゃないか? 昔から喉の渇いているものは、泥水でも飲むときまって・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ところが、坂田はその自信がわざわいして、いいかえれば九四歩突きの一手が致命傷となって、あっけなく相手の木村八段に破れてしまった。坂田の将棋を見てくれという戦前の豪語も棋界をあっと驚かせた問題の九四歩突きも、脆い負け方をしてみれば、結局は子供・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・無学であるという事が、だんだん致命傷のように思われて来ました。私には手軽に、歴史小説も書けません。作品の行きづまりは、私のようなその日ぐらしの不流行の作家にとって、すなわち生活の行きづまりでもあります。私に、何が出来るでしょう。私は戦地へ行・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・離婚後の扶助料を以て暗々裡に良人を威嚇しつつ同棲生活を続ける夫人連や、利己的の恥ずべき動機から離婚訴訟を起して、良人の心に致命傷を与えるのみならず、自分の魂にまで泥をかける或種の、数に於て多い夫人達がどうして自覚ある人格者と申せますでしょう・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・大業にすることはすなわち致命傷であった。 私はこの点に自己を警戒すべき重大事を認めた。いかに苦しんでも苦しみ足りるという事のないこの人生を、私はともすれば調子づいて軽々しく通って行く、そしてその凝視の不足は直ちに表現の力弱さとして私に報・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫