・・・民主日本の航路から大衆の精悍さを虚脱させるために空腹時のエロティシズムは特効がある。文学における大衆性の本質は、決して大衆の一部にある卑俗性ではない。幾千万の私たち大衆が、つつましく名もない生涯を賭しながら、自身の卑俗さともたたかいながら、・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
ユリチャン、コレガオトーサマノ、ノッテイルフネデス。 片仮名でそういう文句をかいた欧州航路の船のエハガキが、五つの私へ父からおくられて来た。父はイギリスへ行くところで、まだ字の読めなかった娘へも最初のたよりを、そのよう・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・裏の航路図に、インクであらましの船位がしるしてある。 書簡註。一九二九年の一家総出のヨーロッパ旅行は、父の経済力にとって、又母の体力にとって、超常識な決断であった。父は、母を海外へつれてゆくについて、万一の場合、子供ら・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・これはさながら最新式の欧州航路の汽船の内部のようだ。 真白いエナメル塗の椅子がいくつも並んだ清潔至極な理髪室がある。 大きい大きいニッケル湯沸しの横に愛嬌のいい小母さんが立って一杯三哥のお茶をのませ、菓子などを売る喫茶部は殷やかな話・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・香港、上海航路廻漕業の招牌が見える。橋を渡る。その間に、電車が一台すれ違って通った。人通りの稀な街路の、右手は波止場の海水がたぷたぷよせている低い石垣、左側には、鉄柵と植込み越しに永年風雨に曝された洋館の閉された窓々が、まばらに光る雨脚の間・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ それは、この間うちつづけて読売新聞紙に載っていた「処女航路を行く女流作家」という紹介を見てもわかる。「処女航路を行く女流作家」というのはよんで字の通り商業的なジャーナリズムが自身の立場から新進の婦人作家を並べて、短い自己紹介の文章・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・これらは兼良の没後数年にして起こったことであるが、世界の情勢からいうと、インド航路打通の運動がようやくアフリカ南端に達したころの出来事である。 このころ以後の民衆の思想を何によって知るかということは、相当重大な問題であるが、私はその材料・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫