・・・ それから家庭の菊池は、いゝ良人でもあるし、いゝ父でもあるのみならず、いゝ隣人をも兼ねているようである。菊池の家へ行くと、近所の子供が大ぜい集まって、菊池夫婦や、菊池の子供と遊んでいることが度々ある。一度などは菊池の一家は留守で、近所の・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・とでもいいそうな顔を妻の方に向けて置いて、歩きながら帯をしめ直した。良人の顔付きには気も着かないほど眼を落した妻は口をだらりと開けたまま一切無頓着でただ馬の跡について歩いた。 K市街地の町端れには空屋が四軒までならんでいた。小さな窓は髑・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それも、五年と十年と、このままで居たいたって、こちらに居られます身体じゃなし、もう二週間の上になったって、五日目ぐらいから、やいやい帰れって、言って来て、三度めに来た手紙なんぞの様子じゃ、良人の方の親類が、ああの、こうのって、面倒だから、そ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・背高き形が、傍へ少し離れたので、もう、とっぷり暮れたと思う暗さだった、今日はまだ、一条海の空に残っていた。良人が乗った稲葉丸は、その下あたりを幽な横雲。 それに透すと、背のあたりへぼんやりと、どこからか霧が迫って来て、身のまわりを包んだ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 聞くがごとくんば、伯爵夫人は、意中の秘密を夢現の間に人に呟かんことを恐れて、死をもてこれを守ろうとするなり。良人たる者がこれを聞ける胸中いかん。この言をしてもし平生にあらしめば必ず一条の紛紜を惹き起こすに相違なきも、病者に対して看護の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・また、汝等とても、こういう事件の最後の際には、その家の主人か、良人か、可えか、俺がじゃ、ある手段として旅行するに極っとる事を知っておる。汝は知らいでも、怜悧なあれは知っておる。汝とても、少しは分っておろう。分っていて、その主人が旅行という隙・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・さあというと、屹と遊ばして、 とおっしゃるから、はあ、そりゃお邸の御新造様だと、そう申し上げると、(女中たちが、そんな乱暴なことをして済みますか。良人なら知らぬこと、両親 あれで威勢がおあんなさるから、どうして、屹と、おから・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 芳様の跫音が聞えたので、はッと気が着いて駈出したが、それまでどうしていたんだか、まるで夢のようでと火花の散るごとく、良人の膚を犯すごとに、太く絶え、細く続き、長く幽けき呻吟声の、お貞の耳を貫くにぞ、あれよあれよとばかりに自ら恐れ、自ら・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・今なら女優というような眩しい粉黛を凝らした島田夫人の美装は行人の眼を集中し、番町女王としての艶名は隠れなかった。良人沼南と同伴でない時はイツデモ小間使をお伴につれていたが、その頃流行した前髪を切って前額に垂らした束髪で、嬌態を作って桃色の小・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・或る女学校では女生の婚約の夫が定まると、女生は未来の良人を朋友の集まりに紹介するを例とし、それから後は公々然と音信し往来するを許された。女流の英文学者として一時盛名を馳せたI夫人は在学中二度も三度も婚約の紹介を繰返したので評判であった。・・・ 内田魯庵 「四十年前」
出典:青空文庫