・・・ 良人を、兄を、父を、戦争で奪われた日本の数百万の婦人は、身をもってこの事情を知りつくしている筈だと思う。 戦争のない日本を創りたい。この痛切な願望を、胸に抱かない一人の婦人もあり得まい。戦争をひきおこす日本の反動勢力を、私たちの社・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・いまだに疎開から家族のよびもどせない良人たちは、良人であると同時に、その自炊生活において妻である。そしてこれは全く不自然だと感じられているのである。 そうしてみると、良人の協力ということは、今あるままの労力のひどい台所仕事をそのまま男も・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・同志というより一人の好きでない男という心持がその共働者に対して爆発し、ある夜、良人である同志の家へ逃げ出して来る。すると、良人はその一部始終をきいて、静かに、眼を伏せながらいった。「お帰り。」女は「だって……」と了解しかねていうと良人は昂奮・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・某誌が軍部御用の先頭に立っていた時分、良人や息子や兄弟を戦地に送り出したあとのさびしい夜の灯の下であの雑誌を読み、せめてそこから日本軍の勝利を信じるきっかけをみつけ出そうとしていた日本の数十万の婦人たちは、なにも軍部の侵略計画に賛成していた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・二、あなたは、あなたの姉や先輩たちがそういう経験をして来たように愛人や良人を失いたいですか。三、あなたがたは、未亡人が御希望ですか。 こういう不自然な質問に対して誰が、いやだ、と答えないでしょう。あなたがたは、つよい感情をこ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・下山夫人が妻として良人の自殺を直感して、身辺の者にそのことを洩らしたという事実さえ今日まで公表させませんでした。夫人はどういう圧力に強要されたのか、自殺なんてとんでもないということばをくりかえし公表させられていました。そのために、事件がわけ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・彼女はその日まだ良人から手紙を受けとっていなかった。暫くすると、灸の頭の中へ女の子の赤い着物がぼんやりと浮んで来た。そのままいつの間にか彼は眠ってしまった。 翌朝灸はいつもより早く起きて来た。雨はまだ降っていた。家々の屋根は寒そうに濡れ・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ルイザにとって、ロシアは良人の心を牽きつけた美しきアンナの住む国であった。だが、ナポレオンにとっては、ロシアは彼の愛するルイザの微笑を見んがためばかりにさえも、征服せらるべき国であった。左様に彼はルイザを愛し出した。彼が彼女を愛すれば愛する・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・そして彼が死んでからまだ役に立つかどうかと考えたが、彼女の気持が良ければ良いだけ、安次を世話した自分の徳が、死んだ良人の「あの世の苦しさ」まで滅ぼすように思われてありがたくなって来た。彼女は入口の筵戸を捲き上げた。陽の光りは新しい小屋いっぱ・・・ 横光利一 「南北」
・・・してみれば、夢の中の妻の行為は良人にとっては重大なことである。 夢の効果 愛人を喜ばすには、「私は昨夜あなたの夢を見ましたよ。」と云うが良い。 なお喜んで貰うためには、「私はこれからあなたの夢を毎夜見ようと・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
出典:青空文庫