・・・仲よしの小鳥が嘴を接す時、歯の生際の嬰児が、軽焼をカリリと噛む時、耳を澄すと、ふとこんな音がするかと思う、――話は違うが、として、(色白き児の苺枕の草紙は憎い事を言った。 わびしかるべき茎だちの浸しもの、わけぎのぬたも蒔絵の中。惣菜もの・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 女中も、服装は木綿だが、前垂がけのさっぱりした、年紀の少い色白なのが、窓、欄干を覗く、松の中を、攀じ上るように三階へ案内した。――十畳敷。……柱も天井も丈夫造りで、床の間の誂えにもいささかの厭味がない、玄関つきとは似もつかない、しっか・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・と、すぐに重ね返事が、どうやら勢がなく、弱々しく聞えたと思うと、挙動は早く褄を軽く急いだが、裾をはらりと、長襦袢の艶なのが、すらすらと横歩きして、半襟も、色白な横顔も、少し俯向けるように、納戸から出て来たのが、ぱっと明るみへ立つと、肩から袖・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」「政夫さんはりんどうの様な人だ」「どうして」「さアどうしてとい・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・その職業的有利さから東京に定住している作家、批評家が、両三日地方に出かけて、地方人に地方文学論に就て教えを垂れるという図は、ざらに見うけられたが、まず、色の黒い者に色の黒さを自覚させるために、わざわざ色白が狩り出されるようなもので、御苦労千・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ ある日寺田屋へ、結いたての細銀杏から伽羅油の匂いをプンプンさせた色白の男がやってきて、登勢に風呂敷包みを預けると、大事なものがはいっているゆえ、開けてみてはならんぞ。脅すような口を利いて帰って行った。五十吉といい今は西洞院の紙問屋の番・・・ 織田作之助 「螢」
・・・四十二三の色白の小肥りの男で、紳士らしい服装している。併し斯うした商売の人間に特有――かのような、陰険な、他人の顔を正面に視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 彼は、一方では、色白の男がどうなったか、それが気にかかっていた。――やられたか、どうなったか……。でも殺される場景を目撃するのはたまらなかった。 暫らく馳せて、イワンは、もうどっちにか片がついただろうと思いながら、振りかえった。さ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ツネちゃんは、色白で大柄なひとだったそうではないか。「馬鹿、何を言ってやがる。足か。きのう木炭の配給を取りに一里も歩いて足に豆が出来たんだとか言っている。」 太宰治 「雀」
・・・羽左衛門の義経を見てやさしい色白の義経を胸に画いてみたり、阪東妻三郎が扮するところの織田信長を見て、その胴間声に圧倒され、まさに信長とはかくの如きものかと、まさか、でも、それはあり得る事かも知れない。歴史小説というものが、この頃おそろしく流・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫