・・・画家文士の如き芸術に従事する人たちが明治の末頃から、祖国の花鳥草木に対して著しく無関心になって来たことを、むしろ不思議となしている。文士が雅号を用いることを好まなくなったのもまた明治大正の交から始った事である。偶然の現象であるのかも知れない・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・人生上芸術上、ともに一種の因果によって、西洋に発展した歴史の断面を、輪廓にして舶載した品物である。吾人がこの輪廓の中味を充じゅうじんするために生きているのでない事は明かである。吾人の活力発展の内容が、自然にこの輪廓を描いた時、始めて自然主義・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・それは極めて幼稚な神秘的な考である。芸術的直観といえども、そうしたものではない。それは無限の過程であるのである。物理学というものも、歴史的身体的なる我々の感官の無限なる行為的直観の過程に基くのである。直観的過程において一々の点が始であり終で・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・尤もそれには無論下地があったので、いわば、子供の時から有る一種の芸術上の趣味が、露文学に依って油をさされて自然に発展して来たので、それと一方、志士肌の齎した慷慨熱――この二つの傾向が、当初のうちはどちらに傾くともなく、殆ど平行して進んでいた・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・器具は特別に芸術家の手を煩わして図案をさせたものである。書架は豊富である。Bibelots と云う名の附いている小さい装飾品に、硝子鐘が被せてある。物を書く卓の上には、貴重な文房具が置いてある。主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この種々な物を彫刻家が刻んだ時は、この種々な物が作者の生々した心持の中から生れて来て、譬えば海から上った魚が網に包まれるように、芸術の形式に包まれた物であろう。己はお前達の美に縛せられて、お前達を弄んだお蔭で、お前達の魂を仮面を隔てて感じる・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・なぜならこの人たちはみんな立派な芸術家だとおもったからです。 さて、私の頭はずんずん奇麗になり、疲れも大へん直りました。これなら、今夜よく寝んで、あしたは大学のあの地下になっている標本室で、向うの助手といちにち暮しても大丈夫だと思って、・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ことがなければプロレタリア文学は真の芸術であり得ないという片上伸の主張とそのためのたたかいを著者は、同情と批判をもって跡づけている。 この初期の二つの評論にはっきりあらわれているように階級の歴史的経験を、自身の実感としないではいられなか・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・木村は随分哲学の本も、芸術を論じた本も読んでいるが、こんな詞を読んでは、何物をもはっきり考えることが出来ない。いかにも文芸には、アンデフィニッサアブルだとも云えば云われそうな、面白い処があるだろう。それは考えられる。しかしシチュアシヨンとは・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫