・・・それでも合戦と云う日には、南無阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、左手に赤紙の扇を開き、『人の若衆を盗むよりしては首を取らりょと覚悟した』と、大声に歌をうたいながら、織田殿の身・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・ 吉助「われら夢に見奉るえす・きりすと様は、紫の大振袖を召させ給うた、美しい若衆の御姿でござる。まったさんた・まりや姫は、金糸銀糸の繍をされた、襠の御姿と拝み申す。」 奉行「そのものどもが宗門神となったは、いかなる謂れがあるぞ。」・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・M子さんは昔風に言えば、若衆顔をしているとでも言うのでしょう。僕はM子さんの女学校時代にお下げに白い後ろ鉢巻をした上、薙刀を習ったと云うことを聞き、定めしそれは牛若丸か何かに似ていたことだろうと思いました。もっともこのM子さん親子にはS君も・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・――末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 村若衆の堂の出合は、ありそうな事だけれど、こんな話はどこかに類がないでもなかろう。 しかし、なお押重ねて、爺さんが言った、……次の事実は、少からず銑吉を驚かして、胸さきをヒヤリとさせた。 余り里近なせいであろう。近頃では場所が・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・……(寒い風だよ、ちょぼ一風と田越村一番の若衆が、泣声を立てる、大根の煮える、富士おろし、西北風の烈しい夕暮に、いそがしいのと、寒いのに、向うみずに、がたりと、門の戸をしめた勢で、軒に釣った鳥籠をぐゎたり、バタンと撥返した。アッと思うと、中・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・とて、……及び腰に覗いて魂消ている若衆に目配せで頷せて、「かような大魚、しかも出世魚と申す鯉魚の、お船へ飛込みましたというは、類稀な不思議な祥瑞。おめでとう存じまする、皆、太夫様の御人徳。続きましては、手前預りまする池なり、所持の屋形船。烏・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ところで、私陰気もので、あまり若衆づきあいがございませんから、誰を誘うでもあるまいと、杉檜の森々としました中を、それも、思ったほど奥が深くもございませんで、一面の草花。……白い桔梗でへりを取った百畳敷ばかりの真青な池が、と見ますと、その汀、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・女房、娘、若衆たち、とある横町の土塀の小路から、ぞろぞろと湧いて出た。が、陸軍病院の慰安のための見物がえりの、四五十人の一行が、白い装でよぎったが、霜の使者が通るようで、宵過ぎのうそ寒さの再び春に返ったのも、更に寂然としたのであった。 ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・帳場と店とは小僧対手に上さんが取り仕切って、買出しや得意廻りは親父の方から一人若衆をよこして、それに一切任せてある。 今日は不漁で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱の鯉口を着た若衆はセッセと盤台を洗ってい・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫