・・・万年若衆は、役者の世界である。文学には無い。 東京八景。私は、いまの此の期間にこそ、それを書くべきであると思った。いまは、差し迫った約束の仕事も無い。百円以上の余裕もある。いたずらに恍惚と不安の複雑な溜息をもらして狭い部屋の中を、うろう・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ousiasme の根本の力を私に授けてくれたものは、仏蘭西人が Sarah Bernhardt に対し伊太利亜人が Eleonora Duse に対するように、坂東美津江や常磐津金蔵を崇拝した当時の若衆の溢れ漲る熱情の感化に外ならない。哥・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・いずれも市井の特色を描出して興趣津々たるが中に鍬形くわがたけいさいが祭礼の図に、若衆大勢夕立にあいて花車を路頭に捨て見物の男女もろともに狼狽疾走するさまを描きたるもの、余の見し驟雨の図中その冠たるものなり。これに亜ぐものは国芳が御厩川岸雨中・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・「ほんにお前もいい若衆に御なりや。 惚れ惚れと鴨居に届きそうに大きい息子の体を見てお節は歎息する様な口調で賞めた。 たまに見る息子は非常に利口に、手ばしこく、物分りがよく見えた。 ちょくちょく見舞いに来る者共に一々達・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・の人物を写す立派な筆、情のこまやかな、江戸前の歌舞伎若衆の美くしかった頃の作者に見る様なこまかい技巧をもって、もう少し考えさせる材料に手をつけられたらばと思う。 私は必して、紅葉山人や一葉女史が、取るに足らない作家だったとか何とかけなす・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・きのうの朝早く外へ出てすこし行ったら炭俵を一俵ずつ両手に下げた厚司前垂の若衆がとある家の勝手口へ入った、もしや、と思って待っていたがなかなか出て来ないし、こちらに時間があるので歩き出したら、角の電柱のはずれから可愛い茶色の朝鮮牛が無邪気な鼻・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・だが、一方では、作者は、作中の主要な人物の一人である与作の村の若衆としてはごく特殊な生い立ちや経歴から来る村民との日常交渉について忽卒に過ぎているのは作品の効果を薄める結果となっている。 作者は、非常に多くの頁を木村のために割いてい・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
ああいう事の起る第一の原因は、女性も男性も、自分の心を一応考えて見るだけ頭脳の訓練を持っていないことだと思います。偶々外的の関係は教師と生徒であっても、本能の発露は村の若衆と小娘との情事めいています。 男の先生と女の生・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・そのうち夜がふけたので、甘利は大勢に暇をやって、あとには新参の若衆一人を留めておいた。「ああ。騒がしい奴らであったぞ。月のおもしろさはこれからじゃ。また笛でも吹いて聞かせい」こう言って、甘利は若衆の膝を枕にして横になった。 若衆は笛・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・それは昔どこやらで旧俳優のした世話物を見た中に、色若衆のような役をしている役者が、「どれ、書見をいたそうか」と云って、見台を引き寄せた事であった。なんでもそこへなまめいた娘が薄茶か何か持って出ることになっていた。その若衆のしらじらしい、どう・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫