・・・三日で済む苦しみを一週間に引延すだけの事なら、寧そ早く片付けた方が勝ではあるまいか? 隣のの側に銃もある、而も英吉利製の尤物と見える。一寸手を延すだけの世話で、直ぐ埒が明く。皆打切らなかったと見えて、弾丸も其処に沢山転がっている。 さア・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・私のようなものではしょせん世間で働いてみたってだめですし、その苦しみにも堪ええないのです。もっとも妻がいっしょに行く行かないということは、妻の自由ですが……」「乞食をしてか、……が子供はどうするつもりか?」「子供らは欲しいという人に・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・「ひどう苦しみましたか……たいした苦しみがなければ、先ず結構な方です」といった具合で、私がもうこれでお仕舞いですかと訊ねますと、まだ一日位は保つだろうと言うのでした。然し、医師を見送って行った者に向っては「あと二時間」とハッキリ宣告したとの・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 二 しかし吉田のそんな苦しみもだんだん耐えがたいようなものではなくなって来た。吉田は自分にやっと睡眠らしい睡眠ができるようになり、「今度はだいぶんひどい目に会った」ということを思うことができるようになると、やっと苦・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ようやく無事に苦しみかけたところへ、いい慰みが沸いて来た。充分うまくやって見ようぞ。ここがおれの技倆だ。はて事が面白くなって来たな。 光代は高がひいひいたもれ。ただ一撃ちに羽翼締めだ。否も応も言わせるものか。しかし彼の容色はほかに得られ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ げに横浜までの五十分は貴嬢がためにも二郎がためにもこの上なき苦悩なりき、二郎には旧歓の哀しみ、貴嬢には現場の苦しみ、しかして二人等しく限りなきの恥に打たれたり。ただ貴嬢の恥は二郎に対する恥、二郎の恥は自己に対する恥、これぞ男と女の相違・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ しかし今日の青年学生にそんな深い失恋の苦しみなどするものがあるものかという声が、どこからか聞こえてくるのはどうしたものだろう。 恋する力の浅くなることは青年の恥である。それはやがて、祖国にささげ、仕事にささげる力の弱さである。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・お里は、家計をやりくりして行くのに一層苦しみだした。 暮れになって、呉服屋で誓文払をやりだすと、子供達は、店先に美しく飾りたてられたモスリンや、サラサや、半襟などを見て来てはそれをほしがった。同年の誰れ彼れが、それぞれ好もしいものを買っ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ざれば停車場より我が家までの間の景色さえ変りて、愴然たる感いと深く、父上母上の我が思いなしにやいたく老いたまいたる、祖母上のこの四五日前より中風とやらに罹りたまえりとて、身動きも得したまわず病蓐の上に苦しみいたまえるには、いよいよ心も心なら・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 次郎は画作に苦しみ疲れたような顔つきで、癖のように爪をかみながら、「どうも、糞正直にばかりやってもいけないと思って来た。」「お前のはあんまり物を見つめ過ぎるんだろう。」「どうだろう、この手はすこし堅過ぎるかね。」「そん・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫